トップページ > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化芸術振興 > 奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」 > 出会う > 奈良県歴史文化資源データベース > 宗教建築 > 久度神社
印刷
ページ番号:14570
更新日:2026年2月27日
ここから本文です。
久度神社
くどじんじゃ
記入年月日 2024年4月5日



| 所在地 | 奈良県北葛城郡王寺町久度4丁目9-9 |
|---|---|
| 区分 | 建造物|宗教建築 |
| 指定内容 |
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
久度神社は、祭神である久度神の名が『続日本紀』の延暦2年(783)の記事に見えることから、奈良時代には存在していたことがわかります。久度神は、竈を意味するオクドサンに通じるために竈の神とされ、竈は古墳時代に朝鮮半島から渡来したものであるので、久度神社は渡来系氏族によって創始されたと考えられています。
また、京都の平野神社に祀られる久度神は、平安遷都とともに久度神社から遷座されたといわれ、遷都した桓武天皇の母である高野新笠の祖神が関係しているとされています。久度神社には、久度神のほかに誉田別命、天児屋根命、底筒男命もお祀りされています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
古くから信仰されていた神社であり、今なお久度の地域の氏神として厚く信仰されています。二上・葛城山麓の地域には、子どもが生まれると秋祭りのときにその子の絵馬を奉納する風習があり、久度神社でもそれらの絵馬が拝殿に掲げられています
「記紀・万葉集」との関連とその概要
『続日本紀』延暦2年(783)12月の条に、大和国平群郡の久度神を従五位下に叙し、官社とした記事が見えます。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
母の高野新笠が祖神として久度神を信仰していた関係で、平安遷都の際に桓武天皇が京都の平野神社へ遷座したと考えられています。
当資源と関連する文献史料
『続日本紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』『類聚国史』『延喜式』
他地域の関連する歴史文化資源
平野神社(京都市)
| 問い合わせ先 | 王寺町地域交流課文化資源活用係 |
|---|---|
| 電話番号 | 0745-72-6565 |
近くの歴史文化資源
掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。


