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ページ番号:15042
更新日:2026年2月27日
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百済寺
くだらじ
記入年月日 2017年2月22日

百済寺三重塔

百済寺本堂

| 所在地 |
奈良県北葛城郡広陵町大字百済1411-2 |
|---|---|
| 区分 | 複合型|複数の歴史文化資源を包含する歴史文化資源 |
| 指定内容 |
国指定重要文化財・町指定有形文化財 |
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
『日本書紀』舒明天皇十一年(639年)七月の条に「詔して曰く、今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。是を以て、西の民は宮を造り、東の民は寺を作る。即ち書直県(ふみのあたいあがた)を以て大匠(おおたくみ)と為す。」とある百済大寺伝承地です。『大安寺伽藍縁起并流記資財帳』には、子部社の森を切り開いて九重塔を建てたため神の怒りをかって塔と金堂の石鴟尾が焼失したと書かれています。この寺は飛鳥の地に移り大官大寺となり、平城京では大安寺となっていきます。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
舒明天皇が聖徳太子から熊凝精舎(額安寺)をゆずり受け、百済大寺を建立したと伝えられてます。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
『日本書紀』舒明天皇11年7月条「今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。」
『万葉集』巻第八 春雑歌 1431「百済野の萩の古枝に春待つと居りし鶯鳴きにけむかも」
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
舒明天皇 聖徳太子の熊凝精舎を遷して百済大寺を建てました。
空海 遣唐使として密教を学びました。
当資源と関連する文献史料
『三大実録』元慶元年(880)
『大安寺伽藍縁起并流記資財帳』
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問い合わせ先 |
広陵町 教育委員会事務局 文化財保存課 |
|---|---|
| 電話番号 |
0745-55-1001 |
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