トップページ > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化芸術振興 > 奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」 > 出会う > 奈良県歴史文化資源データベース > 複数の歴史文化資源を包含する歴史文化資源 > 徳融寺
印刷
ページ番号:15033
更新日:2026年2月27日
ここから本文です。
徳融寺
とくゆうじ
記入年月日 2018年5月9日

徳融寺


| 所在地 |
奈良市鳴川町25 |
|---|---|
| 区分 | 複合型|複数の歴史文化資源を包含する歴史文化資源 |
| 指定内容 |
県指定有形文化財 市指定文化財 |
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
徳融寺は奈良市のならまち地域に所在する融通念佛宗の寺院です。
本堂と毘沙門堂は江戸時代の建造物で、本堂は奈良県指定有形文化財、毘沙門堂は奈良市指定文化財に指定されています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
徳融寺本堂は寛文年間に建てられたと考えられます。奈良県内の融通念佛宗の本堂として初期の遺例に属し、貴重な遺構であるとされています(奈良県教育委員会文化財保存課『奈良県指定文化財 平成五年度版(通巻第35集)』)。
毘沙門堂は寛永9年(1632年)の建立と伝えられています。外観は和様を基調として全体をよくまとめており、細部の意匠も優れた上質な建物であり、江戸時代初期の小規模な仏堂の好例として高い価値があります。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
藤原豊成(奈良時代の貴族。藤原武智麻呂の子、藤原不比等の孫。従一位、右大臣。)松永久秀(戦国時代の武将。大和に勢力を伸ばし、多聞城を築く。)
当資源と関連する伝承
伝承によれば当地は藤原豊成の旧跡といわれ、境内に藤原豊成とその娘中将姫の供養塔と伝える宝篋印塔2基があります。永禄3年(1560年)に松永久秀が多聞城(多聞山城)を築くとき、この石塔が徴発されそうになりましたが、心前上人が「曳き残す花や秋咲く石の竹」と詠んで難を逃れたと伝えられています。
|
問い合わせ先 |
徳融寺 |
|---|---|
| 電話番号 |
0742-22-3881 |
近くの歴史文化資源
掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。


