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更新日:2026年4月9日
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学芸員の部屋
ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。
2026年4月7日
学芸員 三浦 敬任
奈良県立美術館のデジタル化元年
1.なぜ今、「デジタル化」なのか
これまで、美術館の仕事といえば「作品を大切に守り(保存)、展示室で皆さんにご覧いただく(展示)」物理的な空間と実物を伴う活動が中心でした。令和5年(2023)4月に施行された改正博物館法では、資料のデジタルアーカイブを作成し公開することが、博物館(美術館)の事業として新たに位置づけられ*1、美術館の仕事にも変化の波が押し寄せています。国が掲げる「デジタルアーカイブ戦略 2026-2030」*2を読んでも、文化資源(文化財、美術作品など)を国の資産として活用し、世界に発信していくことが推奨されています。
こうした背景(社会的な思潮、要請、需要)もあり、当館では令和7年度(2025年度)から本格的に作品情報のデータ化と学芸業務のデジタル化を進めています。本稿では、昨年度の歩みと当館の目指す先をお話したいと思います。
2.所蔵品管理システムの導入とメタデータのブラッシュアップ
「奈良県立美術館のデジタル化」の第一歩は、バラバラになっていた情報を一つにまとめる「基盤(インフラ)」を整えることでした。当館では令和7年4月から、早稲田システム開発株式会社が提供するクラウド型の作品管理システム「I.B.Museum SaaS」を導入しました。
このシステムは、単に作品の名前をリスト化するだけのものではありません。作品名、作家名、大きさ、制作年代の作品の「基礎情報」は勿論のこと、作品の写真、過去の貸出展示履歴や修復の記録、さらには収蔵庫の何処に保管しているかなど、作品と学芸員(モノとヒト)にまつわるさまざまな情報を一作品に紐付けて統合・管理するものです。クラウド型を選定したことにも意味があり、インターネット環境があれば、収蔵庫から離れていてもこれらの情報にアクセスできる利点があります。
導入にあたってまず取り組んだことは、当館の所蔵品:吉川観方・由良哲次・大橋嘉一といった当館の核となるコレクションから最新の受贈作品に至るまで、全5300件にのぼる所蔵品情報の登録作業でした。紙台帳や作品カード、『蔵品図録』、Excelデータの所蔵品リスト、とアナログ・デジタルさまざまなメディアで管理されている情報を入力していきました。
ただ5300件もの作品情報を一気に整えていくことは現実的ではなく、そこで当館は令和8年3月に重要作品の公開を目標として、公開に相応しいようにデータの精緻化(データクレンジング)を進めていきました。要は、美術館活動に必要な作品情報の項目立てとデータ入力を段階的に進めていったということです。例えば、メディア毎の作品名の違いや、作家の別号の表記、さらには図録ごとに微妙に異なっていた寸法の再計測など、地道でアナログな検証作業を繰り返しました。この地道な作業を続けたことで、単にExcelファイルやOCRデータをアップロードすることがデジタル化の初歩であるという考えは覆されていき、「地に足のついた」作業(モノを扱い、項目に従って調書をとるという学芸員の本領)が、未来の研究や鑑賞の礎となる「DX化」の土台となることに気づかされました。
3.富本憲吉作品の写真撮影と「ジャパンサーチ」への連携
美術作品のデジタルアーカイブにおいて、とりわけ作品の名称や大きさ、解説よりも、作品の高精細な写真、視覚情報が不可欠といえます。令和7年度、当館は文化庁のInnovate MUSEUM事業の補助金を活用し、大規模な新規撮影を行いました。対象の中心は、奈良県安堵町出身の人間国宝、富本憲吉の作品群です。陶磁器はもとより書画など、デジタルデータが存在しなかった作品について、美術品専門のカメラマンによる新規撮影を行いました。
こうして得られた200カットを越える高精細画像は、令和8年3月の「奈良県立美術館 所蔵品データベース」で公開され、国立国会図書館の統合ポータル「ジャパンサーチ(JAPAN SEARCH)」にも連携をはじめました。ジャパンサーチのような広域連携ポータルに接続されることで、当館の作品は、国立博物館や美術館、各地の図書館の資料と横断的に検索されるようになります。地域の一美術館という枠を超えて、日本・世界の「文化資源」として奈良県立美術館のコレクションが動き出した、といえます。


上-(早稲田システム)
下-(ジャパンサーチ)
4.「デジタイゼーション」から「DX」へ
ところで、本稿の筆者は全国美術館会議の情報・資料研究部会に所属しており、令和7年10月9日の第66回の会合では、文化庁『はじめて取り組むあなたのために-ミュージアムDX実践ガイド』*3を資料とする意見交換が行われ、これに参加した際に、現場レベルで非常に大事な視点が提示されましたので、ここで紹介したいと思います。*4
昨今のキーワードである「DX(デジタルトランスフォーメーション)」について、以下のように三段階の階層があると言われています。
(第一層)デジタイゼーション(Digitization):アナログ情報のデジタル変換(作品のデータ化)。
(第二層)デジタライゼーション(Digitalization):業務プロセスのデジタル化。
(第三層)デジタルトランスフォーメーション(DX):サービスの変革と新しい価値の創造。

当館における令和7年度の取り組みから、これらの階層を確認するならば、作品データ作成とデータベースへの登録は「デジタイゼーション」の段階といえます。データベースを活用し、例えば、企画展の構成案を練るとき、外部からの貸出依頼に対応するときに、収蔵庫へ足を運んだり古い台帳をめくったり、Excelでリストを作成したりする代わりに、データベースを基本に学芸業務をおこなうこと、これが「デジタライゼーション」といえます。いま、当館は「デジタライゼーション」の最中にあります。
「DX」に関してかんがえると、当館は道半ば、あるいは検討の段階にあるといえるでしょう。画像データベースの公開だけでは、到底「DX」とはいえず、画像とメタデータを公開し、それをどのように我々が美術館活動に利用し、皆さんに活用していただくか、筋道を立てていくことが「DX」の第一歩か、と考えます。
ちなみに、「DX」の点では欧米の美術館は先進的で、日本の美術館・博物館の「デジタル化」のパイロットになるといえます。例えばアメリカ・クリーブランド美術館のデジタルイノベーションズ、オープンアクセスページをみれば*5、所蔵品の情報を独占せず、開放し、すべての人々が自由に活用できる環境が整えられており、また、作品の「額外」を想像(創造)するツールや、視覚的検索(マッチング)システムなど生成AIなど最新技術を活用したツールが導入されています。加えて、ウェブサイトやデータの閲覧、APIの利用状況がダッシュボードで一覧でき、非常に透明性(公共性)の高い運用がなされていることが印象的です。
5.おわりに:情報空間の中の美術館
さて、「情報空間の中の美術館」の事例として、最近アップロードされた儒烏風亭らでん氏の歌ってみた*6では、そのMVにおいて静岡県立美術館のロダン館の実写取り込み(3Dモデル化?)され、まさに情報空間上で美術館の建物が活用されている先進事例が知られます。
これまで「デジタル化」の対象は、主に「作品(モノ)」に限定されてきました。しかし、前章や上記の事例をみるにつけ、美術館の価値は作品だけにあるのではないと気がつきます。今後は、作品を取り巻く「美術館活動そのもの」のデジタル化が必要になってくると考えています。
例えば、展覧会開催に際して、練られた章立てやストーリー、展示室のキャプションといった「生成物」は、会期後も「展覧会のアーカイブ」として残すべきでしょう。また、児童生徒へのアウトリーチ活動やアートコミュニケーションの実践を記録し、それを新たな教育コンテンツとして再構成するなど、教育普及の活動もデジタルベースで行えるかもしれません。
物理的な「美術館という箱」に加え、情報空間の中に、(休館中も)絶えず動き続ける「美術館活動」を構築することが、一先ず、奈良県立美術館の「DX化」の目指す先なのではないでしょうか。
奈良県立美術館は間もなく開館55周年を迎えます。また、近時報道がなされているように、奈良県立美術館が移転する計画も進んでいます。あわせて、奈良県では美術館基本構想も練られており、その中には美術館のデジタル化事業も盛り込まれるようです。
是非、皆さんには物理的な奈良県立美術館の行方とともに、デジタル上の奈良県立美術館についても、見守っていただきたく思います。
*1文化庁、「法改正の概要」(2023)、https://museum.bunka.go.jp/law/、(参照2026年4月2日)
*2内閣官房、『デジタルアーカイブ戦略2026-2030』(2025年6月3日)、https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/dejitaruarchive_senryaku.pdf、(参照2026年4月2日)
*3文化庁、「ミュージアムDX実践ガイド」(2025)、https://museum.bunka.go.jp/wp-content/uploads/2025/06/c36e73181bb060eb67e46f7cc1e21890.pdf、(参照2026年4月2日)
*4報告は以下を参照のこと。全国美術館会議、「第66回情報・資料研究部会会合報告」(2025)https://www.zenbi.jp/data_list.php?g=17&d=135、(参照2026年4月2日)
*5クリーブランド美術館、「Digital Innovations」、「Open Access」https://www.clevelandart.org/digital-innovations、https://www.clevelandart.org/open-access、(参照2026年4月2日)
*6儒烏風亭らでん、「【cover】「エンバーミング」in静岡県立美術館ロダン館【儒烏風亭らでん】」(2026年3月28日)、https://youtu.be/9ZqmQPIlLEc?si=fArQ1xx9cUdndntG、(参照2026年4月2日)
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