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更新日:2026年10月27日
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学芸員の部屋
ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。
2026年10月25日
学芸員 飯島 礼子
富本憲吉の署名の話
はじめに
日本近代陶芸の巨匠として知られる富本憲吉。奈良県出身の作家でもあることから、奈良県立美術館では彼の作品と業績をたびたび紹介してきました。11月15日まで開催している「新収蔵記念/生誕140年 富本憲吉と昭和」では、昨年度に寄贈いただいた33件の富本作品をお披露目しています。
陶芸を含む工芸作品は、裏側や内側など、通常の展示では見えない部分にも装飾が施されていることが多くあります。展示会場では見えない部分が気になる人もいらっしゃることと思います。これまでの展覧会でも、鏡を置いたり、裏側の写真を添えたりといった工夫を適宜してきましたが、今回の展示ではクラウド型作品管理システム「I.B. Museum SaaS」の機能を使って、アプリ「ポケット学芸員」を通してスマートフォンで作品の裏側や箱書きなどの写真を見られるようにしました。「ポケット学芸員」のダウンロードは無料ですので、会場で試してみてください。
富本の署名と制作年
富本憲吉の作品の裏側や底面を見るときに注目したいのは、その署名です。富本の作品はほとんどの場合制作年を特定できますが、これは富本が作品に入れる署名を年ごとに変えていたからです。
例えば現在展示中の《磁器色絵菱模様角箱》(図1-1)の底面には、富本の「富」をくずした文字が署名として書かれています(図1-2)。この書き方の「富」を署名に使ったのは昭和19年だということが分かっているので、この作品の制作年が昭和19年であることを特定できるのです。ちなみに、「富」のウカンムリに当たる部分が「九」になっているのは、この署名を使った昭和19年の「九」に由来します。

図1-1 富本憲吉《磁器色絵菱模様角箱》昭和19年(1944)当館蔵(撮影:木奥惠三)

図1-2 《磁器色絵菱模様角箱》の底面
富本が本格的に作陶を始めた大正時代の初め頃は、イニシャルの「K.T.」、あるいは「Tomi」などのサインとともに制作年を併記していました。大正12年(1923)からは西暦の最後の数字を表した署名を、昭和3年(1928)からは富本の「富」のくずし字を署名に使いました。昭和33年(1958)に完成した画帖《流水帖》(個人蔵)には、富本の署名の一覧に加えて書体に関する説明も書かれており、身辺で起きた印象的なできごとから署名を考案したことも読み取れます。
今回の出品作品から例をあげてみましょう。昭和21年(1946)の作品《磁器色絵美女柳枝図陶板》には「枝美女柳」の文字の傍らに署名があります(図2-1)。「富」の田が欠落した書き方です。また昭和22年(1947)作《土焼鉄描銅彩沢薊模様皿》には底面に署名があり、「富」の田の部分に×を入れています(図2-2)。流水帖にはこの署名にした理由を、「田を政府に取り上げられたるを記念して田字を取り去る」(昭和21年)、「田の×により田なきを現す」(昭和22年)と記しています。この背景には戦後改革の一環として進められた農地改革があります。昭和21年10月に成立した第二次農地改革法により、富本は田地を手放すことになり、それを署名に表したのです。

図2-1 富本憲吉《磁器色絵美女柳枝図陶板》昭和21年(1946)当館蔵(署名部分)

図2-2 富本憲吉《土焼鉄描銅彩沢薊模様皿》昭和22年(1947)当館蔵(底面)
二重の署名
今回展示されている作品《磁器色絵赤地金銀彩羊歯模様捻徳利》。金と銀を同時に焼き付ける金銀彩の技法を使い、羊歯の葉から富本が創案した模様を絵付けした徳利です。側面の下部に金彩で書かれた「富」の署名(図3-1、この部分は会場でも直接ご覧いただけます)から、昭和28年(1953)の作品であることが分かります。ただしこの作品の底面にはもう一つの「富」の署名が赤字で書かれており(図3-2)、これは昭和27年(1952)の署名です。色絵磁器の制作では本焼の後に絵付けを施し、錦窯(きんがま/にしきがま)で焼き付けるので、完成までの工程が年をまたぐ場合に二つの署名が入るのです。こうした作品は時々見られますが、多くは本焼の前に入れた染付による署名と、本焼後に入れた色絵や金銀彩による署名という組み合わせとなって残ります(参考図版)。その観点で見ると本作は珍しいケースで、昭和27年に赤の色絵を施した時に署名を入れ、年を越して昭和28年に金銀彩を施した時に二つ目の署名を書いたと推測されます。
富本が金銀彩技法を完成させたのは昭和27年頃のことでした。金銀彩の初期作の一つに位置づけられる本作ですが、この二つの署名があることで、より詳しい制作過程が明らかになるかもしれません。

図3-1 富本憲吉《磁器色絵赤地金銀彩羊歯模様捻徳利》昭和28年(1953)当館蔵(署名部分)

図3-2 《磁器色絵赤地金銀彩羊歯模様捻徳利》の底面

参考図版 富本憲吉《磁器金銀彩羊歯模様大飾皿》昭和35年(1960)当館蔵(底面部分)
二種の署名が併記された例。染付による署名は昭和34年の、金銀彩による署名は昭和35年の字体。
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