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ページ番号:14995

更新日:2026年2月27日

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上ツ道

かみつみち

記入年月日 2021年9月22日

上ツ道

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所在地

桜井市~天理市

区分 古道・古街道|古道・古街道など
指定内容

 

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要

古代の奈良盆地には、上ツ道、中ツ道、下ツ道と呼ばれる直線道がほぼ等間隔で南北に縦断しており、このうち最も東側に位置するのが上ツ道です。7世紀代に設置されたと考えられ、南は横大路に接続する桜井市大字谷付近から、箸墓古墳の後円部東側をかすめて北側へと続き、天理市域へと至っています。なお上ツ道の遺構はほとんど確認されていませんが、箸墓古墳近くの発掘調査では上ツ道に伴うものと考えられる盛土遺構が確認されています。

地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由

中ツ道・下ツ道や横大路などとともに、古代の都市計画に基づき設置された幹線道路であり、重要な歴史的意義を持っています。また上ツ道はその痕跡の一部が近世の上街道となり、現在も道路として使用されていることから、そこに暮らす人々にとって身近に感じることができる貴重な歴史文化資源であると言えます。

「記紀・万葉集」との関連とその概要

『日本書紀』の壬申の乱に関する記述の中に「上道」が登場します(天武紀上)。「上道」の守りにあたった大海人皇子の軍勢が、「箸陵」(箸墓古墳)近くで近江の軍と戦い勝利したことが記されています。

当資源と関連する歴史上の人物とその概要

上ツ道の設置時期については、推古天皇の頃とする考えのほか、孝徳天皇・斉明天皇の頃とする考えなど諸説が存在します。『日本書紀』の壬申の乱の記事には、上ツ道の守りにあたった吉野方の人物の名として三輪君高市麻呂、置始連菟の名があります。このうち三輪君高市麻呂は桜井市三輪付近を根拠とした三輪氏の一族で、自らの職を賭して、農作の節に伊勢行幸をすべきではないことを持統天皇に諫言したことが知られています。

当資源と関連する文献史料

『日本書紀』

他地域の関連する歴史文化資源

中ツ道、下ツ道、横大路、阿倍山田道、藤原京、箸墓古墳、纒向遺跡、上街道

 

問い合わせ先

桜井市観光まちづくり課

電話番号

0744-42-9111(代表)

近くの歴史文化資源

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見解・学説等の相違については、ご了承ください。

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