印刷

ページ番号:14998

更新日:2026年2月27日

ここから本文です。

芋ヶ峠

いもとうげ

記入年月日 2021年8月27日

芋ヶ峠

GoogleMapを見る

所在地

奈良県吉野郡吉野町千股、大淀町中増、高市郡明日香村栢森

区分 古道・古街道|古道・古街道など
指定内容

日本国創成のとき~飛鳥を翔た女性たち~の構成資産

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要

吉野町千股と明日香村栢森を結ぶ峠です。大海人皇子が壬申の乱の前に吉野宮へ入られるとき、嶋宮を出発して越えた峠だと考えられています。近年の壬申の乱の経路を扱う研究や『万葉集』の研究で、取り上げられています。
かつては奈良盆地から吉野へ至る峠道の一つとして、多くの方に使われていました。明日香村側の峠道の途中には茶屋跡が残り、吉野町千股には宿屋があったことが記録に残っています。また、峠の頂上部付近には、神社も建てられていました。吉野軽便鉄道開通後は使用頻度がひくくなり、現在に至っています。

地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由

明日香村ではこの峠を日本遺産の構成資産にしており、また、吉野町千股の方からはもっとPRしてほしいとよく相談をいただいています。壬申の乱に興味がある方からは、一度歩いてみたいとの問い合わせもあり、歴史好きな方を魅了する歴史文化資源です。

「記紀・万葉集」との関連とその概要

壬申の乱開戦前の大海人皇子にまつわる場所です。大津宮を脱した大海人皇子が、嶋宮で一夜を明かした後、吉野宮に向かうために越えた峠だと考えられています。

当資源と関連する歴史上の人物とその概要

【大海人皇子】天智天皇の弟。天智天皇の没後、壬申の乱に勝利して天武天皇となった。即位後は官制改革、都の遷都、『古事記』編纂の指示、貨幣の発行、寺社の整備など様々な改革や取り組みを行ったことで知られる。後世の軍記物語でも紹介されるなど、人気が強い歴史上の人物のひとり。

当資源と関連する文献史料

『古事記』『日本書紀』『万葉集』

当資源と関連する伝承

大津宮を脱した大海人皇子が、嶋宮で一夜を明かした後、吉野宮に向かうために越えた峠だと考えられています。

他地域の関連する歴史文化資源

車坂峠、壺阪峠なども、吉野行幸の際に使われたする見解があります。

 

問い合わせ先

吉野町産業観光課

電話番号

0746-32-3081

近くの歴史文化資源

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。

お問い合わせ先

ピックアップ

 
 

おすすめサイト