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ページ番号:14938
更新日:2026年2月27日
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問答石(所在:達磨寺)
もんどういし
記入年月日 2016年7月13日

達磨石

太子石

| 所在地 |
奈良県北葛城郡王寺町本町2丁目1番40号 |
|---|---|
| 区分 | 遺跡|その他 |
| 指定内容 |
|
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
達磨寺境内にある2基の石。聖徳太子と達磨大師が出会ったとき、この石の上で歌を詠み交わしたと伝えられています。2基の石は南北に並んでいて、北の石が達磨石、南の石が太子石とされています。聖徳太子は「しな照るや 片岡山に飯に飢えて 伏せる旅人哀れ親なし」、達磨大師は「斑鳩や 富の小川の絶えばこそ 我が大君の御名を忘れめ」と読んだといいます。達磨石では、小規模な発掘調査が行われたことがあり、根石のように鎌倉期の鬼瓦片などが据えられている状況が確認されました。達磨石は、寺が聖徳太子と達磨大師の関わりを示すために据え置いた石である可能性があります。また、達磨石は東隣にある達磨寺3号墳の石室天井石である可能性もあります。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
聖徳太子と達磨大師が読み交わしたという歌は一般によく知られており、その舞台となる石として注目されます。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
『日本書紀』推古天皇21年(613年)12月条の片岡飢人伝説がもとになり、聖徳太子と達磨大師が歌を詠み交わしたとの伝承が生まれました。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
聖徳太子と達磨大師。2人は聖徳太子の前世である慧思禅師時代に中国で会い、ともに日本で仏教を広めようと約束したとされ、その約束が片岡の地の出会いで果たされたと解釈されています。
当資源と関連する伝承
問答石の上で聖徳太子と達磨大師が歌を詠み交わし、その歌でもって問答したと伝承されています。
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問い合わせ先 |
王寺町 地域整備部 地域交流課 文化資源活用係 |
|---|---|
| 電話番号 |
0745-72-6565 |
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