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ページ番号:14915
更新日:2026年2月27日
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本薬師寺跡
もとやくしじあと
記入年月日 2022年6月8日

南門石敷


| 所在地 |
橿原市城殿町 |
|---|---|
| 区分 | 遺跡|社寺跡又は旧境内 |
| 指定内容 |
国指定特別史跡 |
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
本薬師寺跡は、天武天皇が皇后の病気平癒を祈願するため天武9年(680年)に建立が開始された、平城京薬師寺の前身となる寺院跡です。現在、地上には金堂、東西両塔の基壇と礎石が残されており、昭和27年に金堂跡、東西両塔跡、中門跡と回廊の一部が国の特別史跡に指定されています。これまで二十数次にわたる発掘調査が実施されており、中心伽藍については金堂跡、東西塔跡、中門跡、回廊跡の一部が確認されています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
本薬師寺跡は、平城京へ遷都された後も平安時代まで伽藍を維持していたと考えており、現在も金堂跡及び東西両塔跡には基壇・礎石が良好に残さ、金堂跡基壇上には地元管理による医王院が法灯を受け継いでいます。その周辺には条里制地割による田園が今に伝わり、地元人々の弛まぬ営農活動により、景観と地下に埋蔵されている遺構が大切に保存されてきました。また、地元の人々により植栽活動や清掃活動が行われており、多くの人々がよりよい環境で古代寺院に触れることができる機会を提供しています。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
『日本書記』によると、天武9(680)年、天武天皇が皇后の病気平癒のため建立を発願とあり、持統2(688)年に無遮大会が行われたとある。寺は文武2(698)年にはほぼ完成し僧侶を住まわせたとあります。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
『日本書記』によると、本薬師寺は天武天皇が建立の発願により開始され、持統天皇の時代を経て文武天皇の時代に完成しました。
当資源と関連する文献史料
『日本書記』、『続日本紀』、『扶桑略記』など
他地域の関連する歴史文化資源
平城京薬師寺
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問い合わせ先 |
橿原市役所文化財保存活用課 |
|---|---|
| 電話番号 |
0744-47-1315 |
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