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更新日:2026年2月27日
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太子道沿いにある「広峰神社」「飽波神社」
安堵町
エピソード
太子道沿いには、聖徳太子にゆかりがある広峰神社、飽波神社が鎮座しています。広峰神社は、江戸時代を通じて「牛頭天王」と呼ばれていました。もともと飽波神社が置かれた場所という伝承があります。社地は聖徳太子の居た飽波葦垣宮(あくなみのあしがきのみや)跡地であると伝えられ、「太子井戸」、「在原業平姿見の井戸」とも称されている井戸があります。
飽波神社は、聖徳太子が牛頭天王を祀る祠を建てたのが始まりとされます。斑鳩宮と飛鳥をつなぐ太子道沿いにあり、飽波神社の境内には、聖徳太子が腰を掛けたという伝承のある通称「腰掛石」があります。
広峰神社(ひろみねじんじゃ)
【住所】生駒郡安堵町東安堵380

「飽波神社/太子腰掛石」:安堵町

「広峰神社/太子井戸」:安堵町

安堵町 産業建設課 島田ちひろさん
安堵町域に残る太子道沿いを歩いてみると、聖徳太子にゆかりのある伝承地が以外と多くあることに気がつきます。聖徳太子が腰掛けたという飽波神社の腰掛石に座り、ほっと安堵する時間を過ごしてみるのもいいかもしれません。
昔なつかしい田園風景が広がる安堵町に、是非、歴史のロマンを感じにお越しください。