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ページ番号:27000
更新日:2026年11月2日
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大河ドラマ
2026年11月号
第12回 県南部にも 豊臣家ゆかりの地
吉野
秀吉の華やかな文化を伝える
豊臣家と奈良とのゆかりは、吉野町、十津川村など県南部でも、各地に残る史跡や伝承から知ることができます。
吉野水分(みくまり)神社は豊臣家と特に結び付きが強い神社です。秀吉が子授けを祈願し、後に秀頼(ひでより)を授かったという伝承も。現社殿は秀頼が再建したとされ、華やかな桃山文化をしのぶことができます。
吉水神社(旧吉水院)は、1594(文禄3)年に秀吉が吉野を花見に訪れた際、本陣を置きました。また、町内の竹林院群芳園(ぐんぽうえん)の庭園は、花見に合わせて千利休が手を加え、桃山風の庭園へと修築されたと伝わる名園です。また一説によると、細川幽斎(ゆうさい)による作庭とも伝わります。
吉野水分神社

豊かな吉野の森の水の分配に関わり、古代から崇敬を集めてきました。
■所在地:吉野町吉野山1612
吉水神社 (吉はつちよし)

12世紀には源義経が静御前、弁慶らと身を隠し、のちの南北朝時代には後醍醐天皇の行宮になったことでも知られています。
■所在地:吉野町吉野山579
※写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー(撮影:矢野建彦)
十津川
秀長の養子・秀保(ひでやす)を名湯が癒やす
十津川村の湯泉地(とうせんじ)温泉。戦国時代から知られた名湯には、秀長の養子・豊臣秀保が療養のため滞在し、この地で亡くなったと伝えられています。村内には「豊臣秀保終焉(しゅうえん)之地」を示す石碑も立ち、豊臣家との深い縁を感じさせます。
吉野の花見の頃には、秀長は残念ながら亡くなっていましたが、豊臣一族が育んだ茶の湯文化や桃山文化を今に伝える貴重な場所の一つとして、県南部はいまも重要な位置を占め続けています。
湯泉地温泉
豊臣秀保終焉之地
十津川温泉郷の公衆浴場「泉湯」「滝の湯」では源泉かけ流しが楽しめます。
■住所:十津川村
※歴史的解釈には諸説あります。
問い合わせ:県地域観光課 電話:0742-27-8482

第38回 たかとり城まつり 時代行列やトークショーなど イベント多彩
豊臣秀長の大和支配の重要拠点となった高取城。日本三大山城の一つでもある城跡のふもとに広がる高取町では、恒例の「たかとり城まつり」が開かれます。鉄砲隊による火縄銃の実演や、時代行列の行進、文化財の特別公開などイベントが多彩。お城好きとして知られる俳優の村井美樹さんと、歴史ナビゲーターのれきしクン(長谷川ヨシテルさん)とのトークショーも予定されています。
●日時:11月22日(日曜日)9時30分〜16時
●場所:高取町児童公園および土佐街道筋
●アクセス:近鉄壺阪山駅から南東へ約1.1km
村井美樹さん 
主催/たかとり城まつり実行委員会 一般社団法人高取町観光協会
協力/高取町 高取町商工会 高取町消防団
お問い合わせ先
産業部 観光局地域観光課