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ページ番号:26092

更新日:2026年10月1日

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万葉集

2026年10月号

vol.149 明日香川 川門を清み 後れ居て 恋ふれば京 いや遠そきぬ

(あすかがは かはとをきよみ おくれいて こふればみやこ いやとほそきぬ)

中臣清麻呂(なかとみのきよまろ) 巻十九(四二五八番歌)

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訳
明日香川の渡瀬が清らかなので留まっていて、人々を恋い慕うと、都は一層遠く思われるよ。

明日香川と古京

 本歌は四二五七番歌題詞によると、十月二十二日に左大弁紀飯麻呂(さだいべんきのいいまろ)邸で詠まれた三首のうちの一首です。年は四二二九番歌題詞に「天平勝宝(てんぴょうしょうほう)三年」(七五一)とあり、本歌とともに年代ごとにまとめられていることから、同一年と考えられます。

 ただし、飯麻呂が左大弁であることを確認できるのは天平宝字(てんぴょうほうじ)二年(七五八)八月甲子(二十五日)(前年八月に右大弁任官)です。また、本歌の左注では清麻呂を左中弁としますが、左中弁に任官されたのは天平勝宝六年七月乙卯(九日)です(いずれも『続日本紀』)。よって、題詞と左注の作成時の官職を遡らせたと推測されます。これらの時間のずれが、『万葉集』の編纂(へんさん)を考える糸口となります。

 また、時間に関して、本歌左注には清麻呂が伝誦した「古京時歌」とありますが、その解釈も難解です。「古京」が指す京は、飛鳥京と藤原京で説がほぼ二分されています。

 ここでは、清麻呂の立場から考えてみます。清麻呂の誕生は大宝二年(七〇二)、死去は延暦七年(七八八)です。藤原京で生まれ、その後の人生の大半を平城京で過ごしたのです。清麻呂にとっての「古京」とは、まず藤原京が想起されるのではないでしょうか。ただし、四二五七番歌は、恭仁京の時の歌とあり、本歌の「古京」を恭仁京(七四〇~七四四)と解釈することも可能です。一方、本歌は伝誦歌で、清麻呂自身の作ではありません。左注も清麻呂が記載したものではありません。とすると、「古京」を清麻呂と積極的に結びつける必然性は薄くなります。

 また、四二五七番歌は時期を明記しますが、本歌が明記しない理由も不詳とせざるをえません。あえて、時期を明記しなかった(できなかった)のかもしれません。
(本文 万葉文化館 中本 和)

万葉文化館イベント情報

開館25周年記念/世界文化遺産登録記念 特別展 高照らすみやこ
 ―描かれた「飛鳥・藤原の宮都」―

10月17日(土曜日)~12月6日(日曜日)

「飛鳥・藤原の宮都」は近現代の画家たちにも多くのインスピレーションを与えてきました。飛鳥時代の人々や都の風景、そして現在にのこる遺跡、それらを描いた作品を紹介し、画家の目から見た「飛鳥・藤原の宮都」の歴史を探ります。

国内の小・中学生、高校生・18歳未満の人は無料。その他割引など、詳しくは当館HPをご覧ください。

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折井宏光「想 石舞台」1988年
奈良県立万葉文化館蔵

開館25周年記念 万葉古代学特別講座  無料・申込不要

10月31日(土曜日)14時~17時(13時30分開場)[定員] 150人(先着)[会場] 企画展示室

● 万葉歌と飛鳥・藤原の宮都  [講師] 井上 さやか(当館企画・研究係長)
● 『万葉集』における聖武天皇の宮 [講師] 榎戸 渉吾(当館研究員)
● 平安京神泉苑の役割 [講師] 中本 和(当館主任研究員)
※アーカイブ配信(翌日から1週間視聴可)

万葉集をよむ  無料・申込不要

10月21日(水曜日)14時~15時30分

「雑歌(ぞうか)(7)」(巻9・1744〜1752番歌)[講師] 井上 さやか (当館企画・ 研究係長)
[定員]150人(先着) ※アーカイブ配信(翌日から1週間視聴可)

にぎわいフェスタ万葉 秋

開催中~11月29日(日曜日)
 

※8月1日より、当館駐車場は有料になりました。普通車1日1回につき500円
※詳しくは当館HPをご覧ください。

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電話:0744-54-1850
HP:www.pref.nara.lg.jp/manyo

 

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