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ページ番号:14924

更新日:2026年2月27日

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椿井城跡

つばいじょうあと

記入年月日 2019年4月26日

南郭から

椿井城大手道入口

所在地

奈良県生駒郡平群町椿井

区分 遺跡|城跡
指定内容

 

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要

矢田丘陵の稜線上に築かれた山城跡です。南北が300mほどで、多くの曲輪や深い切り通し堀、土塁が残っています。当初は椿井氏が築城し、後に嶋氏に移ったとの伝承があります。戦国末には筒井傘下の嶋左近と信貴山城に入った松永久秀との間で幾度もの争奪戦が繰り広げれられたようです。天正8年(1580年)、織田信長が筒井順慶に命じ、郡山城を残して大和の諸城を破却させており、この城もこのときに放棄されたとみられます。

地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由

大雨によるがけ崩れで侵入不可能だった椿井城跡に、地元の地権者たちが整備活動をするようになって、ようやく登城できるようになりました。昔はこの大手道を通って平群から筒井、郡山に抜けていたそうです。今は年に何度も草刈りや枝払いなどをして道を残しています。

「記紀・万葉集」との関連とその概要

白村江の戦いのとき、のろし台として使われたと言われています。

当資源と関連する歴史上の人物とその概要

嶋左近(島清興)。戦国時代から安土桃山時代の武将。筒井氏、石田三成の家臣。筒井氏によく仕え、筒井氏が去った後は三成に三顧の礼をもって迎えられました。「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われています。

 

問い合わせ先

NPO法人うぶすな企画

電話番号

0745-45-5196

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