トップページ > 観光・文化・スポーツ > 文化・芸術 > 文化芸術振興 > 奈良県歴史文化資源データベース「いかす・なら」 > 出会う > 奈良県歴史文化資源データベース > その他 > 椿井井戸
印刷
ページ番号:15011
更新日:2026年2月27日
ここから本文です。
椿井井戸
つばいいど
記入年月日 2019年4月26日

椿井井戸全景

椿井井戸縁起

| 所在地 |
奈良県生駒郡平群町椿井1279番地 |
|---|---|
| 区分 | 碑文・道標|その他 |
| 指定内容 |
|
※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。
歴史文化資源の概要
用明天皇2年(587年)、聖徳太子が椿井氏の祖先と伝えられている平群臣神手とともに物部守屋を征伐するとき、苦戦を続けていて兵の士気が落ちてきました。神手がこの地に戦況の挽回と戦勝祈願に訪れた際、椿の杖を突き立てると、不思議なことに杖は一夜にして芽を吹き、きれいな冷泉が湧き出したといいます。これを飲んだ兵たちの士気が大いに盛り上がり、聖徳太子と神手たちは守屋との戦いに大勝することができたといわれています。
井戸の横には、文政4年(1821年)の立派な石碑が立てられています。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
古代から続く由緒ある「椿井」の地の名前の由来となっています。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
物部守屋の征伐時に、聖徳太子と椿井氏祖先と伝えられている「平群臣神手」が戦勝祈願に訪れました。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
聖徳太子。または厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ)、飛鳥時代の皇族・政治家。
推古天皇のもと、蘇我馬子と協調して政治を行い、国際的緊張のなかで遣隋使を派遣するなど進んでいる中国の文化・制度を学び、冠位十二階や十七条憲法を定めました。また天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図り、仏教を取り入れ神道とともに厚く信仰し興隆につとめたとされます。
平群臣神手。飛鳥時代に物部討伐将軍として聖徳太子を助けました。平群氏は八色の姓施行に伴い、改めて朝臣姓を賜っています。
当資源と関連する文献史料
日本書紀
|
問い合わせ先 |
NPO法人うぶすな企画 |
|---|---|
| 電話番号 |
0745-45-5196 |
掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。