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ページ番号:6829

更新日:2026年2月27日

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徳川家康書状 徳善院他三名宛

徳川家康書状 徳善院他三名宛(とくがわいえやすしょじょう とくぜんいんほかさんめいあて)

一通 桃山時代(16世紀)
紙本墨書 33.6×47.2cm

徳川家康書状

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解説

就御普請之儀、
上意之段被仰下候、委細存其旨候、然者如
御下知半役人数三月朔日以前京着之事、聊不存油断候、此旨可然之様御取成頼入候、
尚近々令上洛候之間、不能一二候、恐々謹言
正月廿一日 家康(花押) 徳善院 増田右衛門尉殿 石田治部少輔殿 長束大蔵殿

徳川家康(1542-1616)から徳善院(とくぜんいん=前田玄以)・増田長盛(ましたながもり)・石田三成(いしだみつなり)・長束正家(なつかまさいえ)へ宛てた書状。

豊臣秀吉(1537-98)から普請(工事)の為に命じられた半役(はんえき=全員の半分)の人数を3月1日までに京都へ到着させるから、よろしく取り成しをお願いするという内容である。前田玄以が徳善院と称するようになった文禄5年(1596)5月以降、豊臣秀吉が慶長3年(1598)8月に没するまでの、慶長2年または3年の1月の書状と考えられる。

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