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ページ番号:21424

更新日:2026年3月2日

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万葉集

2026年1月号

はじめての万葉集~二上山と大津皇子墓

うつそみの 人にあるわれや
明日(あす)よりは 二上山(ふたかみやま)を 弟世(いろせ)とわが見む

大来(おおく)皇女(巻二・一六五番歌)

【訳】現し身の人である私は、明日からは二上山をわが弟と見ようか。

二上山と大津皇子墓

本歌の題詞には、「大津皇子の屍(かばね)を葛城(かつらき)の二上山に移し葬(はふ)りし時に、大来皇女の哀(かな)しび傷(いた)みて作りませる御歌二首」とあります。

本歌の作者である大来(太来、大伯)皇女は、父・天武天皇と母・大田皇女(天智天皇皇女)の間に誕生しました。大津皇子は同父母を持つ弟にあたります。姉弟の母である大田皇女は、天武天皇の皇后である鸕野讃良(うののささら)皇女と父母を同じくする姉です。

大津皇子は、学問・武芸に優れ人望が厚く、その血統からも皇位継承の有力候補と目されていました。ただし、大田皇女は存命であれば、皇后となる可能性の高い人物でしたが、大来皇女と大津皇子が幼少時に亡くなりました。そのため、早くに母を失った姉弟への母方からの後見には不安がありました。一方、大津皇子の一歳上の異母兄・草壁皇子(母は鸕野讃良皇后)は、吉野の誓命などを通して、皇位継承の最有力候補たる地位を固めていきます。

朱鳥元(六八六)年に天武天皇が崩御すると、大津皇子は謀反の疑いをかけられ、自害へと追い込まれました。この時、大来皇女は伊勢にて斎宮(さいくう)を務めていましたが、弟の死後、ほどなくして都へと戻ります。後世の例からすると、伊勢斎宮の退下は、天皇の崩御あるいは譲位の際に行われることが通例でした。よって、弟の謀反の影響があったかは不詳です。

大津皇子の遺体は、「移し葬りし時」とあるように、殯(もがり)を経た後に二上山へと埋葬されました。墓は二上山の北方の雄岳山頂にある二上山墓と考えられています。
(本文 万葉文化館 中本和)

万葉文化館 イベント情報

特別展「町田尚子絵本原画展 隙あらば猫」

2月21日(土曜日)から
絵本作家・町田尚子さんの絵本原画などを展示します。万葉文化館にちなんだ作品もご覧いただける展覧会です。

「ねこはるすばん」原画
ほるぷ出版2020年

特別展「NEW PAST 飛鳥・藤原から東アジアへの旅」

開催中

1月16日(日曜日)まで

※詳しくは当館ホームページをご覧ください。

万葉古代学講座【無料】

1月25日(日曜日)14時から15時30分

「古代の卯杖(うづえ)」

講師:中本和(当館主任研究員)

定員:150人(先着・申込不要)

※オンライン視聴は要申込(定員なし)

万葉集をよむ【無料】

1月14日(水曜日)14時から15時30分

「冬の雑歌(ぞうか)(1)」(巻8・1636から1644番歌)

講師:井上さやか(当館企画・研究係長)

定員:150人(先着・申込不要)

※オンライン視聴は要申込(定員なし)

にぎわいフェスタ万葉 冬

1月7日(水曜日)から3月8日(日曜日)

※詳しくは当館ホームページをご覧ください。

ジャンボかるたであそぼう【無料・申込不要】

1月17日(土曜日)13時30分から(受付13時15分から)

A3サイズの万葉かるたを使ってあそびましょう。動きやすい服装でお越しください。

会場:企画展示室

 

電話番号:0744-54-1850

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