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ページ番号:15099

更新日:2026年2月27日

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海龍王寺(奈良市)

図会巻之二では「法華寺の東北の方也、(中略)光明皇后の建立、又曰玄昉僧正の草創ともいふ」とされています。
ここは絶大な権力を誇った藤原不比等(光明皇后の父)の邸宅跡であり、本来直線であるはずの東二坊大路はこの海龍王寺を重んじ迂回しています(現代の車道も同様に迂回しています)。
図会の中心にある山門をくぐった目の前にあるのが東金堂で、本堂を挟んで向かい側にあるのが西金堂です。
東金堂は明治時代の廃仏毀釈によって消失し、現在は基壇跡のみが残されています。一方、西金堂は現存しており、奈良時代の遺構として貴重な建物となっています。

奈良県立図書情報館所蔵 大和名所圖會より

ここが見所

国宝五重小塔

海龍王寺は藤原不比等邸の隅に在ったことから、「隅寺」とも呼ばれています。
光明皇后宮という限られた敷地の中に、大寺の伽藍様式を取り入れなければならず、大きな五重塔を建てることができなかったので、西金堂の中に五重小塔(国宝)を安置して大寺の伽藍様式を成立させました。小塔は奈良時代の寺院の中心伽藍と、平城宮の宮廷仏教とを現在に伝える重要な役割を果たしています。

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