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ページ番号:10939
更新日:2026年2月27日
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はじめての万葉集
県民だより奈良
2021年7月号

【vol.87】
赤駒(あかごま)の 越ゆる馬柵(うませ)の 結びてし
妹が情(こころ)は 疑ひも無し
聖武天皇 巻四(五三〇番歌)
訳 赤駒がとび越えてしまう柵をしっかりと結ぶように、結びあったあなたの心は疑いのないことよ。
赤駒の越ゆる馬柵
聖武天皇が志貴皇子(しきのみこ)の娘・海上女王(うなかみのおおきみ)に贈った歌です。「赤駒の越ゆる馬柵」をしっかり結ぶように、しっかり結んだあなたの心は疑いないよ、という恋の歌です。
ただ、「赤駒の越・ゆ・る・馬柵」という表現は不思議ですね。越えてしまう高さの柵ならば、しっかり結んだところでどのみち飛び越えてしまいます。
このわかりにくさをフォローするかのように、歌の左注には「擬古(ぎこ)の作」(古体をまねた作)で、「時に当れる」(時にふさわしい)ので賜った、との説明があります。「大海(おほうみ)の底を深めて結びてし妹が心は疑ひもなし」(三〇二八番歌)という類歌があり、この類(たぐ)いの古歌を下敷きにした可能性があります。また「時に当れる」とは、次のような機会が想定できます。
聖武天皇は神亀元(七二四)年二月に即位し、五月五日に「猟騎(りょうき)」つまり馬に乗って弓を引く儀式を観ています(『続日本紀(しょくにほんぎ)』)。即位直後の端午の節で、例年よりも盛大に行われたようです。颯爽(さっそう)と駆ける馬の姿に、柵まで越えそうだと発想したのかもしれません。天武天皇が藤原夫人に贈った、からかい混じりの雪の歌(一〇三番歌)もありました。今回の歌も、「馬柵を越える赤駒のように自由なあなた」と、海上女王を赤駒に喩(たと)えた戯れの歌とする解釈があります。続く海上女王の返歌にも「梓弓(あづさゆみ)」が詠み込まれています。恋歌の形式をとりつつも、端午の猟騎を素材として戯れに詠み合ったものかもしれません。
聖武天皇の時代は大伴旅人・家持の活躍時期でもあり、万葉集の中心をなす時代ともいえます。聖武天皇の歌は、天皇としては最多の十一首収められており、その中で今回の歌はもっとも早い時期のものと考えられます。
(本文 万葉文化館 阪口由佳)


法華寺門跡(ほっけじもんぜき)(奈良市)
聖武天皇の皇后である光明皇后の発願により総国分尼寺として、天平17(745)年に光明皇后の父藤原不比等の邸宅跡に建立されました。本堂に安置されている木造十一面観音立像(国宝)は、光明皇后がモデルといわれています。本坊の庭園は名園として有名で、犬の形をした「お守り犬」は厄除けや長寿、安産のお守りとして知られています。

写真提供:法華寺
- 所 奈良市法華寺町882
- 電話 0742-33-2261
- URL hokkejimonzeki.or.jp