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更新日:2026年2月27日
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五條新町:コラム「五條新町を興した 松倉重政」
歩くまえに知っておきたい五條新町にまつわる物語
五條新町を興した松倉重政
「五條新町」の基礎を築いた松倉重政。その生誕は、天正2年(1574年)と考えられている。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで徳川家康に功績を認められ、一万石の大名として二見城に入城した。そして「諸役免許」といった政策などで、現在の「五條新町」の礎をつくる。重政はその後、元和2年(1616年)に、前年の大坂夏の陣での功により、肥前日野江四万三千石を与えられ転封する。肥前日野江藩では、領民の限界を超える税を取り立てたり、キリシタンや年貢を収められない農民たちに対する拷問や処刑などを行ったといい、五條新町の人々が持つ重政の印象とはまったく逆といえる人物像の記録が残っている。
松倉重政が五條の地を統治したのはわずか8年と短期間であった。二見城に入城したのは、慶長13年(1608年)。城下町として「五條新町」を創設する際には、商人をまちに招き入れるため「諸役免許(諸税免除)」の免許状を新町の町人に宛て公布したことは有名だ。
松倉重政が五條の地に来て400年となった平成20年(2008年)、商業と宿場の町、交通の要として五條発展の礎を築いた松倉重政の偉業を称えるため、新町通りのほぼ中央にある「新町松倉公園」に、市民の手により顕彰碑が建立された。