更新日:2026年3月23日
ここから本文です。
約300年前に奈良で創業した中川政七商店が主催する、地域に根ざすメーカーとデザイナーの発掘・流通支援を目的とした『地産地匠アワード』。その2025年度で、吉野桧を使った『大門箸』がグランプリを受賞しました。
▲『大門箸』

『大門箸』は、千利休が考案した『利久箸』を範とし、最善のバランスと軽さを追求した“使い捨てない”使い捨て箸。コンセプトに掲げた「料理を美味しく食べるための名脇役」を達成するため、片方の箸先を直径2mmに。その極細設定を実現する上で、様々な木材の中から強度が高い吉野桧を選択。まさに、一度だけ使って捨てるには惜しいほどの美しさを備えた一品です。
この新たなプロダクトを生み出した、奈良県吉野郡下市町で高級割箸を生産する廣箸(ひろはし)代表取締役の中磯末紀子さんと、同郡東吉野村に本拠を構えるプロダクトデザインレーベル、A4(エーヨン)主宰者でありデザイナーの菅野大門さん。さらには、中川政七商店で『地産地匠アワード』を担当する野村隆文さんにインタビュー。『大門箸』を展示した東京開催の『大日本市』で、奈良の木が今伝えるべきメッセージをたずねました。
野村:「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げる中川政七商店には、大きく二つの事業があります。一つは、日本の工芸に根差したオリジナルの生活雑貨をつくり、直営店やオンラインで販売する製造小売事業。もう一つは、“産地の一番星”を生み出すことを目的に、全国の工芸メーカーの経営や流通をサポートする産地支援事業。『地産地匠アワード』は、後者の事業に属しています。

▲中川政七商店 地産地匠アワード 担当 野村隆文さん

野村:産地支援事業を続ける中で、ここ数年は地域に根差したデザイナーがメーカーと一緒になって経営や流通まで行う例が増えてきています。そんな組み合わせに可能性を感じ、2024年度に『地産地匠アワード』を新設しました。あえて我々は審査に加わらず、社外のデザイナーの方々にお願いしています。中川政七商店は、受賞作の販路支援に全力で取り組む。そうすることで、新たなプロダクトを発掘し、一社でも多くの元気な作り手とデザイナーを輩出していくのが狙いです。
中磯:びっくりしました。ただ、私も奈良の人間なので、いつかは中川政七商店で廣箸の自社製品を扱ってほしいという夢があったんですね。それがついに叶うのがうれしいです。実はアワードの募集要項を最初に見たとき、これを獲れるのは「私らしかおらんやん!」って思いました。
菅野:初年度の要綱をちゃんと確認してなかったでしょ? この年は未発表作に限るとされていたのに、『大門箸』はすでに販売していたじゃないですか。
中磯:そうだったっけ?
野村:このお二人、いつもこんな感じで仲がいいみたいです。
▲廣箸 代表取締役 中磯末紀子さん(左)/ A4プロダクトデザイナー 菅野大門さん(右)
菅野:応募したのも忘れた頃に受賞の連絡をもらって、心臓が高なりました。いきなり未来が開けたというか。
菅野:これまでつくった商品は、売れるまでに15年くらいかかっていたので『大門箸』もそれぐらいの時間、自分が死ぬまでに形になればいいなぐらいに思っていました。ですが、アワードの受賞でかつてない急展開で未来がやってきた感じでしたね。

野村:当社もこれまでに、吉野杉や吉野桧を使った商品企画を行ってきました。ですが、使い捨て箸という小さなプロダクトで吉野材の素晴らしさを伝える発想は、我々にはなかったものです。まずはそこに驚きを感じました。加えて、アワードの主旨通りと言いますか、ここまでメーカーとデザイナーが組み合っているチームと出会えたのもうれしかったです。
中磯:ジャンルとしては割箸に属するのですが、ウチは料亭やホテルなどに収める割られたお箸の専門です。

菅野:今回は『大日本市』という展示会で東京に来ましたが、中磯さんと最初に会ったのも東京でしたよね。


▲『大日本市』は、日本各地の風土や技術に根ざした“いいもの”と、それを伝える小売店をつなぐ展示会を中心とした、中川政七商店が行っている合同展示会
中磯:私はその前から、うっすら知っていたんです。近所で『tumi-isi』をつくっている人だと。それで、たしか私から声をかけたんです。
菅野:「吉野で箸をつくっています」と言われたので、じゃあ奈良に帰ったら工場に遊びに行きますと。
中磯:本当に来ましたね。しょっちゅう訪ねては、何かやってんなあという感じで。コロナ禍になって工場の稼働が落ちていたので、邪魔だとは思わなかったです。
菅野:見たことのない機械がたくさんあって、職人さんにも気さくに話を聞いてくれるので、僕には天国のような場所でした。
菅野:何かをつくりたい欲は常にあって……。お箸を速く、大量に、でも高品質でつくれる機械がたくさん置かれていて、楽しそうでした。ここで何かおもしろいことできそうだなあと感じて、最初は僕が工場に勝手に行き、勝手にものづくりしていきました。
中磯:工場に関しては、ひとえに父親の力だと思います。すでに他界していますが、半分は趣味みたいにワクワクしながら、箸を製造する機械を自分でつくってしまう人でした。

▲廣箸さんの工場
中磯:う~ん。お箸は丸太のいちばん外側が材料になるのですが、中身部が建材として使われないと外側も使えない。その建材の需要が落ちているからお箸の材料も出てこない、という問題が一つ。それと、製材所や板の加工現場が高齢化に迫られてきて、若い人が入ろうとすると必然的に工賃が上がり、これまでのような値段では取り引きされなくなる。そんな将来に怯えながら工場を守るのが精いっぱいなので、自負というのは……。

菅野:生産ラインや経営の見直しから始め、人材確保、働き方改善など、夏休みの自由研究のように好き勝手にやらせてもらってましたね。それは、廣箸のお箸に大きな可能性を感じたからです。かつては割箸生産の全国7割を担ってきた産地ですが、それが途絶えないうちに現状をブレークスルーする方法を探していました。その一手が、『大門箸』でした。中磯さんが許してくれた僕の自由研究がいつの間にか『地産地匠アワード』のグランプリ受賞で多くの人に伝わることになっていったんです。
中磯:コンサルタントを探したこともあったんですけれど、相性の良し悪しに躊躇していたので、菅野くんが来てくれてからは常に感謝しています。彼が住む東吉野に足を向けて寝られないくらい。方角は知りませんけれど。

菅野:吉野材の凄さは、歴史なんです。年輪が緻密で真っ直ぐ、建築に使いやすいように500年間ずっと育ててきた人工林から採る木は、世界中探してもありません。しかも伐採~加工~配送のシステムも整っていて、室町時代から積み上げてきたアドバンテージは世界一だと思います。それが目の前にあるんです。
菅野:ええ。僕らは吉野の地に住んでいるので、吉野材の適正を知っていますし、材を手にいれやすいコネクションもあります。それを活かして、廣箸は何万膳もの箸をつくることができます。世界に誇れる日本料理で使う箸を、世界一の材を使って世界一の技術力でつくれたら、それは世界一のお箸と呼べるのではと思ったんです。

中磯:私は吉野の木でお箸をつくることで、山の循環のお手伝いができて、関わる人みんなが良い方向に進めればいいなと。あとは、吉野の木の良さを、お箸を通じてできるだけ発信する。ごく稀に、別の場所の材でお箸をつくってと言われるんですけれど、全然違うんです。吉野材は目も細かく節も少ないので、加工がしやすい。そこでやっぱり吉野の木は凄いなと気づかされます。
菅野:『大門箸』をつくるときも、海外の木などいろいろ試してみたのですが、湿気で曲がったり、匂いがキツかったり、耐久性がなかったりと苦戦しました。料理を美味しく味わえる=箸先が細いものという道具の理想を求めたら、身近なこの吉野の土地の吉野桧しかなかった。つまり、吉野桧ありきではなく、理に適ったものを追求したら、たまたま吉野桧だったんです。
菅野:家庭用はもちろん、業務用にも展開を広げていきたいです。美味しさや美しさを求める料亭やレストランが「大門箸」を採用すると、さらにお客様に喜んでもらえるというような、料理の名脇役になれるとうれしいです。また、家庭用ではより長く使えるように、拭き漆や本藍染めで仕上げた『大門箸』のクラフトシリーズにも取り掛かっています。「なんか良いなこの箸」ということを感じてもらえるような商品づくりをしていきたいと思っています。
中磯:そこは私も共通しています。一つあるのは、せめて奈良の飲食店は奈良の木のお箸を使ってほしいという思いです。そのあたりを県の方たちが協力してくれたらうれしいなあって。

菅野:はるか昔、千利休が吉野杉を取り寄せ、茶懐石用に自ら削ったとされる箸が「利久箸」です。それから400年が経ち、割箸の需要は料理用がほとんどとなりました。その過程で、美味しさを真摯に考えた割箸がなかったんです。だから、利休に対する僕のアンサーということで、おこがまましいと思いつつも『大門箸」にしちゃいました。大門って、どこか奈良っぽいし。
中磯:いえ。最初から『大門箸』と呼んでいたので、自分の名前が大好きなんやって思っていました。
野村:その『大門箸』。すでに約60店舗で販売されていますが、もっとも売れているのが奈良本店です。手頃なお土産としてよろこばれているようですよ。
今回のインタビューでもっとも印象的だったのは、菅野さんが語った吉野材500年のアドバンテージでした。その史実を、植林とともに培われた周辺システムとともに体感し、新たなプロダクトを生み出せる可能性へと昇華させた菅野さんの視座は、吉野に居を構えたからこその気づきが育んだものでしょう。
ただし、客観的な感性を持つデザイナーだけではプロダクトがつくれません。『大門箸』は、吉野材を大事にした父の工場を受け継いだ、中磯さんの現場の裁量がなければ誕生しませんでした。
そんな二人が出会い、切磋琢磨の末に完成した令和の利久箸が、日本の工芸と現代の暮らしをつなぐ中川政七商店のアワードでグランプリを受賞。認められるべきものが正しく認められた縁も、あるいは吉野材500年のアドバンテージに含まれているのかもしれません。
INFORMATION
地産地匠アワード
地域に根ざしたメーカーとデザイナーの協働によるプロダクトを対象としたアワード。日本各地の風土や素材、手仕事を活かした衣食住のものづくりを顕彰するとともに、受賞後の継続的な販路支援も行われている。
URL:https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/pages/chisan-chisho.aspx
執筆:田村十七男
撮影:小林一真
2026年3月23日(記事公開日)