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ページ番号:14722

更新日:2026年2月27日

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竜田御坊山古墳出土三彩有蓋円面硯・ガラス管

たつたごぼうやまこふんしゅつどさんさいゆうがいえんめんけん・がらすかん

記入年月日 2017年10月5日

所在地 奈良県橿原市畝傍町50-2 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
区分 考古資料|土器・土製品類
指定内容 国指定重要文化財

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要

生駒郡斑鳩町龍田北、法隆寺中門から南西へ約850mの場所で宅地造成中に古墳がみつかり、調査後、消滅しました。埋葬施設は、大きな花崗岩を刳り抜いた蓋石と底石を組み合わせた横口式石槨(よこぐちしきせっかく=博物館に展示中)で、石槨の内部には漆塗(うるしぬり)陶棺(とうかん)が納められていました。三彩有蓋円面硯は、棺内の被葬者頭部右側(右耳側)に、筆の軸と考えられるガラス管は、棺内の被葬者頭部左側(左耳側)に副葬されていました。
有蓋円面硯は、蓋の最大径が6.7cm、陸(硯で墨をするところ)の直径が3.5cmほどしかない小さなものです。水滴が垂れるような形から「滴脚」とも呼ばれる精巧な細工を施した脚が10個ついています。白釉と濃淡二色の緑釉が施され、美しい光沢を放っています。7世紀初頭から中頃に中国で製作されたものと考えられ、ごく初期の唐三彩です。ガラス管は、硯とセットになる筆の軸とも考えられます。中国からの舶載品と考えられます。

地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由

考古学的に重要な資料であることはもちろん、当時の東アジアにおいてもほとんど例をみないほど精巧で美しい逸品であり、美術工芸品としても貴重です。

当資源と関連する歴史上の人物とその概要

古墳は、7世紀中頃に築造されたもので、古墳の主人公は、中国との深いつながりをもった人物が候補となります。遣唐使に随行した人物が考えられます。あるいは築造された場所である斑鳩との関わりから、聖徳太子の子である山背大兄皇子とその一族などもその候補です。

他地域の関連する歴史文化資源

隋の大業4年(608年)に埋葬された李静訓の墓の副葬品にガラス管の類似品があります。また初期の唐三彩窯が河南省省鞏(きょう)県窯にあり、類似した製作技術が認められます。

 

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