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明治維新よりさかのぼることわずか5年、文久3年(1863)8月17日。孝明天皇の大和行幸に先立ち、天皇の鳳輦をお迎えすべく大和五条の幕府代官所を襲撃した天誅組。いち早くその天領7万石余りを支配下に置き新たな時代の到来を宣言しましたが、襲撃の翌日の18日に起こった京都における大政変により、大和行幸は延期となり、皇軍の先鋒という天誅組の大義名分は一夜にして失われます。一転して幕府、各藩からの追討を受けることとなり、奈良県各地を転戦した彼らは、満身創痍の状態で奈良県南部の山塊を踏み越えて9月24日、武木村(現・川上村武木)へ到達します。村での会食の後、足の郷道を越えて鷲家口(現・東吉野村小川)へと向かう一行でしたが、既に鷲家口は追討軍で固められていました。最後の会食をとった武木村から、天誅組終焉の地鷲家口まで、新しい時代の到来を夢見て奥吉野に散った「維新の魁・天誅組」の最後の一日をたどります。
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スタート |
奈良交通バス停「武木」または川上村村営バス停「武木」 |
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ゴール |
奈良交通バス停「鷲家」 |
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ルート全長 |
約24キロメートル |
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ルート分類 |
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全行程舗装路であるが、足の郷峠を頂点に急勾配が長く続く。歩きやすい運動靴で行こう!ルートは歩道を設けていない車両・歩行者共通道が大部分。通行車両には十分に注意して!
東吉野村役場周辺に至るまでのルート途中にレストラン・食堂、弁当購入場所は無い。お弁当必携。
ルート終盤の丹生川上神社周辺まで自動販売機等の給水場所は無い。必ず十分な水分を携行すること。