トップページ > さわやかエッセイ > 高野山と熊野本宮、ふたつの聖地を結ぶ小辺路を行く > ルート概要
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作家の歩いた道
スタート:南海りんかんバス バス停千手院橋>轆轤峠(ろくろとうげ)(大滝口女人堂跡)>薄峠(すすきとうげ)先の丁石道標>伯母子岳山頂(おばこだけさんちょう)>吉村家跡>三十丁の水>果無観音堂(はてなしかんのうどう)>祓殿王子跡>ゴール:熊野本宮大社
熊野古道小辺路を辿り高野山を目指した参拝者は、ここ轆轤峠で初めて堂塔伽藍を眼にした。木々の間に見え隠れする堂塔伽藍を、まるで「轆轤っ首」のように首を伸ばして眺めたと謂われており、これが名前の由来となった。高野七口のひとつ大滝口女人堂が置かれていた場所でもある。
【住】和歌山県伊都郡高野町高野山
薄峠を過ぎたところにある、高野山を出発して最初の昔の道標。道標には弘法大師の姿が刻まれ、その下に「是より かうや山エ四十丁 くまの本宮エ十七り」と書かれている。十七里をメートルに換算すると、約68キロメートル。本宮までまだまだ先は長いが、歩いている人たちにとっては有難い道しるべだったに違いない。
【住】和歌山県伊都郡高野町大滝
標高1344メートル。古道は山頂を越えずまっすぐ峠へ向かうが、分岐から15分ほどで登れるので、ぜひ立ち寄りたいスポット。晴れていれば、越えてきた龍神スカイラインが通る護摩壇山(ごまだんざん)や、遠くには大峰山も見渡せる。峠には無人の伯母子峠山小屋があり、天候の悪い日などには貴重な休憩所となっている。
神納川(かんのがわ)を渡ってしばらく三浦峠へ登っていくと、杉の巨木が横一文字に並んでいる場所に出る。終戦直後までここに屋敷を構えていた吉村家の防風林だったと伝わり、大きな枝をくねくねとくねらせた光景は壮観。ほかにも石垣や田んぼの跡が見られ、宿泊所をしていたという話も残っている。多くの旅人が、ここで疲れを癒したのだろう。
五百瀬から三浦峠への登りで唯一の水場なので、貴重な給水ポイントになる。「三十丁」とは麓の神納川からの距離で約3.3キロメートル。ほかにも沿道には自然石に文字が彫られた、二十五丁石、三十丁石が残っている。どちらも、大阪の人が寄進したもの。この人物も、熊野を目指して三浦峠を越え、三十丁の水を飲んだのかもしれない。
果無峠の途中にあって、御堂の中には観音菩薩、千手観音、不動明王の3体の石仏が祀られている。峠の沿道に並ぶ33体の観音石像は、この御堂が燈明の火で小火を起こしたことが発端。また、昔ここに道作りの勧進所があり、石畳の整備にあたったとも考えられている。傍らには果無峠唯一の水場やトイレがあり、休憩には最適の場所。(写真は、果無集落)
小辺路は本宮大社のすぐ北で中辺路と合流する。中辺路は、平安時代に上皇や貴族たちがよく使った巡礼路で、沿道には王子社と呼ばれる熊野権現の御子神を祀った社がいくつもあり、総じて熊野九十九王子と呼ばれていた。祓殿王子跡は本宮大社に至る最後の王子社で、巡礼者は、ここで最後のお祓いをしたと言われる。「祓所王子」「祓戸王子」とも呼ばれる。
【住】田辺市本宮町本宮
【時・休】見学自由
熊野三山のひとつで、主神に「食」をつかさどる家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)を祀っている。もともとは熊野川と音無川が合流する河原に祀られていたが、明治22年(1889)の大洪水で倒壊、流失したため、現在地に遷座した。鳥居のそばにある茶房珍重庵では、参拝者の無病息災を願う「もうで餅」が抹茶と一緒に楽しめる。
【住】和歌山県田辺市本宮町本宮1110
【電】0735-42-0009
【時】9時00分~17時00分(宝物殿は9時00分~16時00分)
【休】無休(宝物殿は不定休)