トップページ > 移住相談 > ローカルステイ・プログラム「暮らす奥大和」 > 令和7年度 天川村編 > 東京で創造的に生きる二人が 天川村で暮らした3日間
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更新日:2026年9月24日
2026年2月22日。例年通りであれば天川村はまだ雪の季節ですが、今年は一足早く訪れた春の陽気に包まれています。やわらかな日差しの下、昼過ぎに参加者のお二人を乗せた車が待ち合わせ場所に到着しました。

今回の参加者は、東京・代官山でネイルサロン経営を経て、現在は作家活動などに取り組んでいるいる関根祥子さんと、雑誌などでファッションスタイリストとして活躍されている滝沢真奈さん。仕事を通して出会ったお友達同士です。普段は東京に住み、第一線で活躍するお二人ですが、奈良とは縁があります。
関根さんのパートナーは、日本酒「風の森」を醸す奈良の酒蔵「油長酒造」の杜氏をされている方。旦那さんが暮らす御所を拠点に奈良を訪れる機会は多く、滝沢さんも関根さんの家に泊まって過ごすこともあり、天川村にも何度か訪れているということでした。
駐車場に到着した二人を、ホストの畠中亜弥子さんが出迎えます。
3歳になったばかりの長男・せいちゃんと、生後8ヵ月になる次男のけいちゃんも一緒です。

お二人の参加のきっかけは、亜弥子さんと夫の利治さんが営む「TENKARA GELATO」に、関根さんが酒粕でジェラートを作ってほしいと依頼したこと。商品の打ち合わせをする中で、亜弥子さんから移住体験に参加しないかと関根さんに声をかけ、普段から交流の深い友人の滝沢さんと共に参加することになったのでした。

畠中家へ荷物を運び込み、リビングでお二人が持ってきてくれた魅力的なお土産について紹介してもらっていると、せいちゃんが「一緒にお外であそぼ!」とやってきました。
人懐こい笑顔で滝沢さんを連れ出すと、玄関先の南天の実を摘んだり、テントウムシを探したり。初対面の二人とは思えないほど、あっという間に打ち解けてしまいました。
家の中では、亜弥子さんが昼食を用意してくれています。
ふんわりと盛られたクスクスに、豆のトマト煮込みと豚肉のソテー。旬を迎えた菜の花や完熟の金柑も添えられ、冬から春へと移り変わる季節のごちそうを、亜弥子さんに呼ばれてしぶしぶ帰ってきたせいちゃんも一緒にいただきます。


亜弥子さん:水は、そこの水道のをそのまま飲んでもらって大丈夫です。この辺の住人で管理してる山水なんです。洞川の有名な「ごろごろ水」はミネラル分の多い中硬水・弱アルカリ性水で、山水は超軟水。パンを捏ねたりコーヒーを淹れたりするには「ごろごろ水」のほうが合ってるけど、お出汁をとるならこっちの山水のほうがおいしいんです。同じ村内だけど、水を使い分けできるのは珍しいと思います。
食事を終えたら車に乗り込み、まずは畠中夫妻が営む自然派ジェラートのお店「TENKARA GELATO」へ。

亜弥子さん:どうぞ、好きなのを選んでください。ダブルでもトリプルでも、色々試してみてくださいね。

種類豊富で魅力的なフレーバーに迷った二人は、それぞれ別の種類をトリプルで注文し、少しずつ分け合うことにしたようです。

関根さんは番茶に甘酒シナモン、みかんバナナ。滝沢さんは柿ブランデーと豆腐スパイス、キャラメルスイートポテトという組み合わせ。

こんもりと盛り付けられたジェラートを受け取ってお店の二階に上がると、せいちゃんが「隣に座ってもいいよ~」と可愛く誘ってくれました。

三人仲良く食べ合いっこをしながら、ゆっくりとジェラートを堪能します。
亜弥子さん:冬は濃厚なものや甘いものが欲しくなったりしますよね。季節に合わせて味もほんのちょっと調整してるんですけど、今日の暖かさだと、もう少しあっさりでもいいですね。
ジェラートを楽しんだら畠中家に戻り、近所を流れる天ノ川まで皆でお散歩します。天河神社を横目に見ながら、閉校となった中学校の脇道を抜けて、広い河原に降り立ちました。



亜弥子さん:このあたりと洞川地区の川だと、転がっている石の種類も全然違うんですよ。

石好きの滝沢さんは、河原の小石にも興味をもちながら、散策を楽しんでいます。
亜弥子さん:今年の冬は特別寒かったんです。一番寒かった日、マイナス14度まで下がったんですよ。

東京では耳にすることのない気温の低さや、2011年の紀伊半島大水害で学校の二階部分まで水に浸かったこと。美しい自然がときに猛威を振るうこと。様々に耳を傾けつつ、ゆったりと散策して畠中家に戻ると、時刻は17時になっていました。夜に予定している懇親会の前に、歩いて5分ほどのところにある温泉施設「天の川温泉センター 木木の湯」で先にお風呂を済ませます。

村の間伐材を薪ボイラーで焚いて温めた、人にも環境にも優しいお湯。館内は木材がふんだんに使われたロッジ風のつくりで、オリジナルの手桶や風呂椅子もヒノキ製です。木の香りに包まれながら体の芯まで温まり、今日の疲れを癒しました。

畠中家に戻ると、仕事を終えて帰宅した利治さんと亜弥子さんが、夜の懇親会に持ち寄る料理を用意してくれていました。

できあがった料理やお酒を車に積み込んで、会場となる高木家に向かいます。
高木さん:こんばんは~!ようこそ!

薪ストーブで暖まった室内に上がると、すでにみなさん集まっていて、賑やかに迎えてくれました。

この日のメンバーは、家主の高木雅典さんと希さん夫妻、お隣の村の森林組合に勤める野口浩司さんと作家の史枝さん夫妻、パン屋「prana(プラーナ)」を営む永山直津紀さんと、各家庭の子どもたち。皆この村に移住してきた方々です。




和食の料理人でもある亜弥子さんは、キッチンでこの日のために仕入れた那智勝浦のマグロを盛り付けてくれています。


大きな机をぐるりと囲んで、乾杯! 各々お皿に料理を取り分けながら、懇親会がやんわりと始まりました。

「で、お二人は、どういう方なの?(笑)」という高木さんの投げかけから、参加者のお二人に簡単に自己紹介してもらうことに。
ファッション誌や美容雑誌をはじめ、様々な媒体でスタイリングを手掛ける滝沢さん。流行の最前線でスタイリストとして多忙な日々を送る中でも、自分をケアする時間も意識的にとるようにしていて、「それもあって奈良には2~3ヶ月ごとに来てる」という言葉には一同びっくり。

一方、ネイリストとして約20年のキャリアをもつ関根さん。代官山にオープンしたサロン「mojo NAIL」は、唯一無二のセンスと関根さんの人柄が多くのファンの心を掴み、一躍人気店となりました。サロン業務のほか、テレビや雑誌などでも幅広く活躍し、充実した日々を送っていたものの、その生活は多忙を極めたのだそう。
関根さん:自分で止められなくなっちゃって。ひとりでやってるから自分が頑張ればできてしまうっていうのもあるし、断れない性格もあって、朝から晩まで毎日サロンにこもってる生活になってしまったんです。もちろん好きな仕事だから楽しいんですけど、心身のバランスが崩れてきてしまって、一度立ち止まらないといけないなって。それで、サロンを閉めてから少し海外で過ごしました。日本にいたらきっと仕事しちゃうから。
自身を見つめ直すため、2024年5月にはサロンを休業。現在はネイリストとしての活動も続けながら、ご主人や友人と共に立ち上げた「BEISUI(ベイスイ)」というコミュニティの運営、作家活動、耳つぼの施術など、マルチに活動されています。
仕事のこと、暮らしのこと、今回プログラムに参加した経緯などを話すうち、もともと東京でスタイリストとして活動されていた史枝さんとは共通の知人がいることなども判明。

関根さんの旦那さんが造る日本酒「風の森」もいただきながら、様々な話題で盛り上がりました。おしゃべりに興じる大人を横目に、子どもたちはおままごとや卓球、将棋を指したりとお気に入りの遊びに夢中です。

いつまでも話題は尽きませんが、あっという間に子どもたちの就寝時間になってしまいました。皆さんにお礼を言って、別れます。余韻に浸りながら帰路につき、畠中家に戻ってくると、そのままささやかに二次会がスタート。

そこからも本当にたくさんの話をして、深夜まで笑いが絶えない一日目が更けていきました。
二日目。カーテンの隙間から眩しいくらいの光が入り、窓の外には真っ青な空が広がっています。庭からは鳥の鳴き声、リビングからは子どもたちの声が響く、穏やかな朝です。

畠中家の子どもたちは、参加者の二人にすっかり懐いた様子。お母さんの姿が見えないと泣いてしまうお年頃のけいちゃんも、関根さんのお膝の上では安心して過ごしているようです。


畠中夫妻が用意してくれた朝ごはんをいただきます。土鍋ご飯とお味噌汁のしみじみとしたおいしさに、体が心地よく目覚めていくのを感じます。

朝食を終えたら支度をして、亜弥子さんのご実家の宿「せせらぎの宿 弥山館」へ出発。ここで待ち合わせしていたのは、亜弥子さんのお父さん、畠中稔さんです。

稔さんは宿を営む傍ら、天川を好きな人がゆるく楽しく集えるコミュニティ「てんかわ研究所」を運営し、この村のことなら何でも答えてくれる、まさに先達のような方。今回は洞川地区を案内していただきます。
一同は稔さんの車に乗り込み、弥山館から洞川地区まで車で10分ほど移動。車中では、稔さんが修験道について説明してくださいました。
稔さん:洞川は修験道の行者さんの登山基地として栄えてきた村で、その人たちを受け入れるための旅館がずらっと並んでいます。450年以上前からやってる宿もあるんですよ。昔の行者さんたちはわらじで山に登ったので、帰ってきたらまずタライで足を洗ったんです。そのときに腰かけられるように、このあたりの旅館はみんな縁側があるんですよ。
旅館や商店が並ぶ温泉街を抜けて道を進むにつれ、だんだんと雪が深くなっていきます。

車を降りて、稔さんが最初に案内してくれたのは、1300年以上続く修験道の根本道場・大峰山の入口にある「女人結界門」。女人禁制が今も残ることで、物議を醸すこともある場所です。



稔さん:女性が大峰山に入れないのは、性差別やって言われることがある。でもね、差別じゃなくて区別なんです。昔の人たちは、山に畏敬の念を抱いてた。神さんも仏さんも住むとこですからね。それに、まだニホンオオカミもおって、今以上に危険やった。修験道で山に入るっていうことは死を覚悟するくらいのぐらいの気持ちで、神様仏様と一緒になって、民衆を救うために修行するということ。そんな危ない場所から女性を守るためのもんやっていう話もあります。
それに加えて、山の神さんは女性なんです。言い方が難しいんやけど……不細工な神さんやったって言われてる。だから、昔の漁師は豊漁祈願で山の神さんにオコゼとか不細工な魚を供えたんです。べっぴんさん見たら嫉妬するっていうのでね。でも昔の人はえらいもんで、海が豊漁になるのは山が豊かやからっていうのを、感覚で分かってたんやな。海のことなのに山にお供えをしたんです。
それが途中から、ほかの宗教や考え方が入ってきて、血の穢れとかそういう情報と混ざってしまって、差別と言われるようになってしまったんです。もとは自然崇拝とか、山を大切にする気持ちの表れでもあった。決して女性を差別するようなことじゃないんです。
凍結した足元に注意しながら車に戻り、次に向かったのは「大峯山 龍泉寺」。現在も大峰山へ向かう修験者が身を清める「水行」を行うお寺です。

龍泉寺は真言宗修験(当山派)総本山醍醐寺の大本山であり、白鳳年間、大峯山を開山した役行者が岩場の中から水が湧き出る泉を発見し、そのほとりに八大龍王尊をお祀りし行をしたのが始まりであると伝えられています。

役行者像が祀られる本堂を参拝し、願いの成就を占うという「なで石」の前で稔さんが足を止めました。

稔さん:この石は、こうやってやさしく撫でると軽くなって、こうして叩くと重くなると言われてます。やってみますか?

まずは滝沢さんが優しく撫でて石を持ち上げてみます。
滝沢さん:そんなに重いって感じはないですね。
今度はバシッと叩いてから持ち上げてみると……なんと、重くて持ち上がりません。
滝沢さん:えー!ほんとに重くなった!なんで!?
続いて、関根さんも同じようにしてみます。

関根さん:あーほんとだ!上がらない!(笑)
その様子を見ていた稔さんは、ニコニコとしながら二人に声をかけます。
稔さん:気持ちの問題なんです。持ち上がると思って持ち上げれば軽いし、重たいと思って持ち上げたら重く感じる。でも、いかに気持ちが大事かってことがわかりますよね。対人関係でもそうです。相手に敬意を持って心穏やかに接すると、きっといい関係が築ける。そういう気持ちの大切さを教えてくれているんだと思います。
そのほかにも、岩場から澄んだ水がこんこんと湧き出る「龍之口」や、このお寺の鎮守である八大龍王を祀るお堂「八大龍王堂」など、見どころがいっぱい。


ひとつひとつ説明していただいているうち、あっという間に時間が経っていました。再び車に乗り込み、関西随一の絶景と称される「みたらい渓谷」に立ち寄って弥山館に戻ります。



稔さん:ざっと駆け足で回ったけど、こんなとこでしょうか。天川はありがたいことに観光客の人はいっぱい来てくれる。宿も食堂も全体的に高評価やし、おかげさまで人気のエリアですわ。でも、実際の生活は厳しいとこもあります。人口は減っとるし、買い物も村では揃わないものが多くて不便に感じるかもしれない。来るのと住むのではまた違う。結局、それをどう思うかはその人次第なんですですね。
稔さんと別れ、弥山館の向かいにある「かどや食堂」で昼食をとることにしました。夫婦で営む温かな雰囲気の食堂は、村の人気店です。

二人は奈良県の地鶏「大和肉鶏」を使ったすきやき風丼と、亜弥子さんおすすめの巻き寿司を注文。

食後は、「喫茶みつば」でカフェラテをテイクアウトして、少しお散歩することにしました。
国道に沿うように、天ノ川が流れています。村役場へと続く橋の上から見下ろせば、青く澄んだ水の中で淡水魚たちがゆったりと泳いでいるのが見えました。

畠中家に戻り、午後は畠中家と同じ坪内地区にお住いの井頭東洋さんにお話を伺います。

井頭さんは「参詣の宿 井頭」という民宿を営む傍ら、「天河斎庭(ゆにわ)」という一般社団法人の代表理事を務めていらっしゃいます。「斎庭」とは、祭事などの際、祓い清め、神をお招きし祀るための場所という意味の古神道にある言葉。2020年から、坪内地区の氏子有志が集まり、天河神社を囲う山林を「鎮守の杜」へと蘇らせる取り組みを行っています。
井頭さん:まずは弁天様のところへ参りましょうか。

井頭さんの案内で拝殿へ。日本三大弁財天社のひとつに数えられ、芸能の神様としても知られるこの天河神社には、年間通して全国各地から多くの人が訪れます。巳年であった昨年は特に、弁財天の神使である蛇に縁がある年として、なんと100万人を超える人々が天川村にやってきたそうです。

井頭さん:ここのご祭神はサラスヴァティ神。芸能や音楽の神様としてよく知られていますが、もともとは水の神様です。水は命の循環。全てに繋がっています。

神社の縁起や神宝の五十鈴のこと、神楽殿の能舞台のこと。時折私見を交えつつ、丁寧に説明してくださいます。境内を案内していただいた後は、東側にある南朝黒木御所跡へ。


そこからさらに歩いて、天河神社の摂社である「船岡神社」にお参りします。

井頭さん:天川の民は1300年も昔から、毎日山に入って仕事をしてきました。この村の98%が森林で、1.6%が川。そういう土地ですから、昔はたくさんの人が山仕事をしていた。それが、今山仕事に従事するのは何人だと思いますか? たったの6人です。それ以外の人は日常的に山に入ることもなく、たった0.5%ほどの、一番底面にある平地の中だけで生活しています。
最近では熊が家の側まで下りてくる。彼らは人間のことを研究しています。でも、人間は彼らのことを知ろうともしない。山は経済にならないからと、山に入って中で起こっていることを、知ろうともしていないんです。

天河神社をぐるりと囲む「寺峰」と「船岡山」を繋ぐ散策路を歩きます。

この一帯は、井頭さんたちが斎庭の活動の中で人工林を伐採し、植樹を行ってきた場所。訪れた人がゆっくり楽しめるようにと、昨年は散策路も整備。鹿の食害を防ぐために、道の狭い部分にハニカム構造のグレーチングが設置されていました。
その効果もあって、食べられることなくしっかりと根を張って育ち始めている苗木たちは、小さな冬芽をたくさんつけて、間もなくやってくる春を待ち侘びていました。

井頭さん:これは何の木かわかりますか? 茶の木です。これは私たちが植えたのではなく、勝手に出てきて育ってるんですよ。おそらくここにスギやヒノキを植林する前に生えていたんでしょうね。人工林になったことで地面に日が当たらず、眠っていた種が、木を伐採したことで自然と芽吹いたんです。

関根さん:えっ! そんなに長い間眠ってたのに、生きていたんですか。すごい!
関根さんは、生命の神秘に驚きを隠せません。
井頭さん:この山をキャンバスに見立てて、未来を想像しながら広葉樹を植えていっています。でも、うまく育たないものもあれば、こうやって勝手に出てくるものもあるから、おそらく思い描いた通りにはならないでしょう。それも含めて自然なんです。
船岡山の頂上まで来ると、「杜の舟 宙(SORA)」と書かれた大きな木の舟が現れました。

滝沢さん:気持ちいいですね。柵もなくて、すごい素敵な場所。

この舟も、斎庭の活動で設置された展望台です。眼下には、天河神社を中心に広がる天ノ川と坪内集落の景色。その上には大峰山脈を一望できる素晴らしい眺めが広がっています。

井頭さん:あの山のてっぺんに降った水がこの川にたどり着くまで、多分1ヵ月以上かかる。一滴の雨粒が集まって沢とか谷とか小川になって、それがまた集まって川になる。それもまた下流に行くほどに集まって集まって、この天ノ川が十津川に、そして熊野川になって海に流れ込む。そこで水蒸気になって、雲になって、このてっぺんに戻ってくる。
だから海のかさは増えないし、溢れない。流した分だけちゃんと全部戻してくるからです。これが循環なんですね。我々の先人たちは、そのメカニズムを直感的にわかっていたんだと思います。私が思うに、天ノ川はそうして水が戻ってくる、空を流れる川やと。多分それで、先人たちは「天ノ川」という素敵な名前をつけたんじゃないかと思うんです。
お二人は、井頭さんの情緒的なお話に聞き入ります。


井頭さん:あの山の向こうには、「天女の舞」という奥座敷が広がっている。ブナの素晴らしい森です。そして神童子谷(じんどうじだに)という源流の谷がある。ここの川を見ただけで、生きてきてよかったと思えるような眺めですよ。感性を揺さぶられる。機会があれば、ぜひ行ってみてください。
船岡山を下って、「空海のお手植え」と伝わる大イチョウの足元にやってきました。

天河神社の塔頭のひとつで、元は南朝黒木御所跡にあったとされる来迎院の境内です。この巨木の根元を保護するためのデッキも、昨年の斎庭の活動で設置されました。

境内には鎌倉時代に建てられた梵字の石碑があり、30年ほど前までは村人たちがゴザを敷いて座禅を組み、瞑想したそうです。今はもう行われていないそうですが、「それも復活させたい」と井頭さん。
井頭さん:瞑想と祈りの場所。このあたりには、森の中とか、先ほどの舟とか、瞑想できる場所がたくさんあります。そうやって自分を整える。清められ、蘇って、またそれぞれの戦地に赴いていく。そしてまた、くたびれたときには、ここに来る。これもまた循環ですね。
ぐるりと一周し、出発地点に戻ってきました。

井頭さんにお礼を言って別れ、改めて弁財天さまにお参りして帰ります。この地で紡がれてきた歴史や人々の想いなど、しっかりとお話を聞いたうえでの参拝は、一段と重みのあるものに感じられました。
再び畠中家に戻り、夕食の前にお風呂を済ませます。この日は温泉好きのせいちゃんも連れ立って、「洞川温泉ビジターセンター」へ。


広々としたお風呂でゆっくり暖まっら、夕食会場となる「SEN」へ。ここは2025年3月にオープンした、利治さんがシェフを務めるレストラン。熊野川の最源流である天川村から海にたどり着くまで、その流域に息づく歴史・文化・食材を解釈し表現した「流域料理」を振る舞うお店です。営業時はコース料理が提供されますが、この日は特別に、シェフ特製の餃子パーティーが開催される運びです。

利治さん:皮を伸ばしていくので、みなさんで餡を包んでもらっていいですか?


洗練されたレストランの客席が、餃子工房に早変わり。「せいちゃんもやりたい!」と参戦した子どもたちも一緒になって、わいわいと包んでいきます。
この日のゲストは安大(あんだい)さん一家。諒(まこと)さんは、2017年に地域おこし協力に就任。家族で大阪から天川へ移住し、現在はデザイン会社「utitocono」を営む傍ら、自ら企画から製造・販売まで行うクラフトコーラシロップ「想像と習合」や、売上の一部が洞川地区の植林活動に還元される「山に還るシロップ」を手掛ける「utitoconoコーラ製造所」も運営していらっしゃいます。
一方、妻の美月さんは、もともと写真家として活動をされていた方。現在は子育てに奮闘しつつ、大峯山洞川温泉観光協会でも働いていらっしゃいます。
諒さんはちょっと遅れてくるとのことなので、皆席について、ひと足先に乾杯!

白菜の煮込みに蕪のマリネ、猪肉のロースト。


そしてカリカリもっちりの皮の中からじゅわっと肉汁が溢れる絶品餃子。

おいしい料理とお酒を囲んで、会話にも熱が入ります。

参加者のお二人自身のことはもちろん、それぞれが営むお店や事業のことから、天川村の今後の展望についてまで。




地元住人と来訪者、ゲストとホストという枠を超えて、未来を見据え、夢や思い、意見や考えをぶつけ合う、とても熱い夜となりました。

畠中家に戻ってから、この日も二次会がスタート。このお家の前の持ち主だったとんでもなくおもしろい松本さんとのエピソードや、天川村は宇宙が好きな人が集まること、それぞれの過去の記憶のことなど様々に語らい、昨晩に続き深夜まで笑い声の絶えない一日となりました。


最終日の朝。この日は少し早起きして、天河神社で毎朝行われる朝拝に。

偶然にもこの日は60日に一度巡ってくる「己巳の日」。弁財天さまの神威が増す大縁日と言われる日です。「大祓詞」や神仏習合の名残である「真言」が奏上される心地よい音が、朝の澄み切った空気に響いていました。
清々しい気持ちで畠中家に戻ると、亜弥子さんが朝食のブリトーを用意してくれていました。

野菜やソース、お魚のフライをトルティーヤでくるりと巻いていただきます。
今日もおいしい朝食をいただいたら、車に乗り込んで出発。初日の夜にお世話になった高木夫妻にガイドしていただくため、再び高木家を訪れました。

雅典さん:まずは川を案内しようか。よかったらうちの車に乗ってください。
お言葉に甘えて高木夫妻の車に乗り、お話を聞きながら川沿いの道を走ります。
希さん:私たち家族がよく川遊びする場所を紹介していくね。道路わきに距離標が立ってるから、あの番号をメモしておくと場所がわかりやすいよ。
というのも、このあたりは携帯電話の電波が入らないので、場所を記録するのが難しいのです。

おすすめのポイントに到着し、車を停めて川辺へ。大きな岩の上に降り立つと、対岸に滝が凍り付いた氷瀑が見えました。

希さん:夏に遊びに来るのももちろんいいんだけど、冬もまたいいよ。子どもを学校に送り出した後、まだ誰も踏んでないまっさらな雪道に車を走らせて、景色を見に来るの。


天然石などの鉱物や自然素材の糸などで作るアクセサリーブランド「まほら」を展開する高木夫妻のお話からは、生活の中でも感覚が刺激される時間を大切にされていることが伝わってきます。

高木夫妻の鉱物への視点に触れながら観察する川辺は、一層神秘的なものに見えました。


美しい川辺でのひとときをゆっくりと楽しんだら、車に戻り、もうひとつのおすすめの場所「蟷螂(とうろう)の岩屋」へと向かいます。

洞川地区にある「蟷螂の岩屋」は、役行者が大峯開山の際に「一之行場」として開いた洞窟のこと。近くの駐車場に車を停めると、管理人の中村きよむさんが迎えてくれました。
中村さん:こんにちは。さっそく案内さしてもらいますね。こっからちょうど見えるのが、大峰山。もう白くないでしょ。今年は雪なくなるのがめっちゃ早いっすね。早すぎるぐらい。
そびえ立つ大峰山に向かって参拝し、長い階段を下りていきます。

細い吊り橋を渡りたどり着いたその場所は、鉄の門で閉ざされていました。

入口の前で、中村さんからこの場所の歴史や守るべき心構えなど説明していただきました。
中村さん:今からここに入らせてもらいます、という祈りをするんですけども、全ての祈りは万物万象の立命祈願なんです。私たちが祈るこのエネルギーを、地球のため、未来のためにどうぞ使ってくださいっていうのが祈りの本質です。今から僕が祈りを捧げますから、一緒に手を合わせて同じ気持ちで祈ってください。
般若心経に合わせ、合唱して祈りを捧げます。すぐ横を流れる川の音と一体となり、中村さんの声は力強く心に響きました。

蟷螂とはカマキリのことで、天井の低い洞窟へ腰をかがめて入っていく修験者の姿がカマキリの歩く姿に似ていることから、この名がつけられたそうです。
中に入り、真っ暗な洞窟の中を懐中電灯の明かりで照らします。ひんやりとした空気が満ち、地下水が作り出した鍾乳石が点在している内部は、まるで別の惑星のよう。鎮座する地蔵菩薩や不動明王像に手を合わせながらゆっくりと進み、出口の明かりが見えたときには、朝を迎えたような、何か新たな入口に立ったような、不思議な感覚がありました。
中村さんに別れを告げ、車に戻ります。

帰りの車中では、希さんが用意してくださっていたコーヒーとトーストをいただき、お土産にサンドイッチのプレゼントも。「また遊びに来るときに連絡くれたら、ちょこっと案内するよ」と、嬉しい言葉と共に手渡してくださいました。

プログラムの全行程を終え、いよいよお別れの時間です。最後は畠中夫妻と共に、3日間を振り返ります。

まずは滝沢さんからです。

滝沢さん:これまでは神社やジェラート屋さんにしか来たことがなかったので、川がきれいとか、観光的な表面的なことしか見えていませんでした。でも、今回は地元の方のお話もたくさん聞けて、皆さんの想いを感じることができました。移住者の方々も、ここでの暮らしの楽しみをそれぞれに見出していて。皆さんすごく生き生きされていたので、お話を聞くのもとても楽しかったです。
特に印象的だったのは、井頭さんのお話でした。年齢を重ねるにつれて思考が凝り固まっていくことって多いと思うんですけど、井頭さんの言葉からはすごく柔軟性が感じられて。自分の意見を通したいというよりも、土地の想いを汲んで生きていらっしゃるのが伝わってきて、すごく感銘を受けたというか……「こんな人がいるんだなぁ」って思いました。
お話も面白かったですし、実際にその想いがかたちになった場所を目で見たり体感して受け取ることができたので、よりわかりやすかったですし、一緒に感動できました。
続いて、関根さん。

関根さん:天川村には何度か来てはいるものの、ちょっと遊びに行くっていう感覚だと、どうしても観光スポットを回って終わりってなることが多いですよね。でもそれだけだと、上澄みの部分しか見えない。今回は稔さんや井頭さんみたいな人のお話を聞けたことで、知るのと知らないのでは、こんなにも感じ取れるものの幅が変わるんだなって思いました。なんとなく感覚ではわかっていることも、深く理解している人たちの言葉で聞くことで、自分の中にちゃんと落とし込めたなっていうのもありました。観光でもこういうスタイルが選択肢としてあると、その土地の良さがもっともっと伝わったりするのかな。本当に贅沢な旅をさせてもらったなって思ってます。
生活用水が山水で、大雨が降った後は掃除しに行ったり、みんなで管理しているというお話は印象的でした。東京にいると蛇口から出てくる水なんてそのまま飲めたものじゃないんですよね。だから買うしかない。そうするとゴミも出るんだけど、それが当たり前で、それ以外の選択肢を考えることもないけど、ここの人たちは違う。水を得るために自分たちで設備を手入れしたり、環境に配慮して生活することで水を守ろうとしてる。それぞれに暮らし方や大切にしているものは違ったとしても、共通認識として「大切な水を守る行動をしなければいけない」っていう想いをもっていることが感じられました。

関根さん:それから、井頭さんに案内してもらったときに感じた森の営みと、今自分の内面で起こっていることが、すごく似てるなって感じたことも心に残っています。手入れされず光が入らなくなってしまった人工林を伐採したことで、地面に陽の光が当たるようになって、下で眠っていたお茶の木が芽生えてきたっていうのが、自分がすごく詰めて仕事をしていたときにはわからなかったものが、サロンを閉じたことでちょっとずつ芽吹いてきたとか、そこに自分で選んだ木を今植えていっているということも。全てのことが繋がってて、宇宙規模でも個人規模でもずっと巡ってる。その循環をしっかりと感じられた時間でした。
畠中夫妻は、亜弥子さんから。

亜弥子さん:このプログラムは移住体験で、最終目的としてはやっぱり参加者の人が天川に移住してくれたらいいなっていう事業ではあるんですけど、私なりの解釈としては、よく言われる「関係人口」の、それよりもさらに一歩踏み込んだ「心の移住」みたいなものに繋がるといいなと思っています。二人には東京でのお仕事もあるし、実際移住っていうのは簡単なことではないと思うんですけど、ふと思い立ったときに、実家とかそれ以上に気軽行ける場所、みたいに思ってもらえたら。
例えば、「年に10家族増やしていこう」とか、そんなのは今の天川村では結構難しい。でも文化を守っていくとか、語り継いでいくとか、そういうことは違うかたちでもできるのかなぁって。そうやって、天川をすごく好きでいてくれる人が増えていって、例えば山を守るための活動とか、お祭りみたいな行事とかだけでも、集まったり何かのかたちで関わってくれたりすると、それだけでも守られていくものってあるじゃないですか。そういう「チーム畠中」みたいなのを、大きくしていけたらいいなぁって思ってるんです。
これから砂ちゃん(利治さん)が「レストランの森」っていうのをやっていきたいって考えていて。例えばレストランで食事してくれた人に木を一本買ってもらって植えるとか、そうやって育てていく森の中をお客さんに歩いてもらえたりとか。そういうことを実際やろうってなったときに、一緒に考えたり活動に参加してもらえたりすると嬉しいなって思います。
最後は利治さん。

利治さん:言いたかったことはだいたい言われてしまったんですけど(笑)。まずは、天川に来てくれて本当にありがとうございます。さっき言ってくれたように、表面上を見て帰られる方って多いじゃないですか。でも、今回はもう一歩踏み込んでもらって、村の人とも関わる中で、この村のことをより好きになってくれたかなって思っていて、それが僕らにとってすごく嬉しいことです。
僕ももともとは天川の人間ではないので、やっぱり「外の人」なんですよ。でも、ここで生きていくって決めていて、子どももこの村で育っているし、店を開いて仕事もしてる。だけど人口は減っていくし、これから本当にどうなっていくかわからない。その上で、僕ができることってやっぱり料理なんです。それを通して、この土地にどう関わっていけるのかっていうのをずっと考え続けています。
そんな中で、今回お二人に会ったり、去年の暮らす奥大和でもすごく思ったんですけど、もっと大きい括りで考えてもいいのかなと。さっきの「心の移住」の話じゃないですけど、境界線が薄い人っていると思うんですよ。お二人は普段は東京にいると思うんですけど、生きていく場所ってひとつだけじゃないですよね。いつもそこにいるわけじゃないけど、自分の居場所だと思える心地良いところはそこだけじゃないみたいな。お二人にとってそのひとつが天川村になったらいいなって。だから、また気軽に遊びに来てくれたら嬉しいし、まぁまた一緒に山でも登りに行けたらなって思います。
今考えている「レストランの森」を実際やっていこうっていうときにも、一緒に何かできるかもって頭に浮かぶ人になってくれた。それがすごくありがたいです。住んでる場所とかそういう枠を超えて、もっと大きな括りで一緒に考えていけたらいいなって思いました。すごくいい友人ができたなって思っています。ありがとうございました。

こうして、今回の暮らす奥大和も無事に幕を閉じました。今回の天川村でのひとときは、普段東京で忙しく過ごすお二人にとって、どんな時間になったでしょうか。レポートには書ききれないちょっとしたやりとりや、共に過ごした中で感じた空気、その場にいる皆さんの表情。そんなたくさんの小さなことからも、私自身、境界線は人の心が生み出すもの、きっかけがあれば越えていけると感じられた時間でした。


お二人の活動を考えれば、天川村に住まいを移すということは、現状ではないかもしれません。でも、だからといって「ご縁がなかった」ということではなく、確かに結ばれたものがあると感じています。
心の拠りどころとして地域と繋がり続ける「心の移住」こそ、これから奥大和の暮らしの豊かさや文化を守り繋いでいってくれる新しい絆のかたちなのかもしれない。そんな希望の光と、これから紡がれていく暖かな関係の芽吹きを感じた三日間でした。
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文=大窪宏美(equbo*) 写真=都甲ユウタ
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